秘密の部屋 | ナノ

▼ 12(04)


「ラピス!」

医務室には、ベッドに座ったハリーを囲むようにしてロンとハーマイオニー、泥だらけのグリフィンドール・チームも既にいた。

「ハリー、大丈夫?」

ラピスは直ぐさま彼に駆け寄る。

「うん、痛みはないよ。おまけに何も感じないけどね」

ハリーが腕を振ると、骨のないそれはぱたぱたとはためいた。

「それにしても焦ったぜ」
「誰か知らないけど、先生が止めてくれなきゃラピスの頭は吹っ飛んでたぜ」
「誰が止めたのかを知っていて?」

フレッドとジョージの言葉に皆が頷き、ラピスは皆に問いかける。

「さぁ…ブラッジャーに夢中でそんなの見てないな」
「本当に焦ったんだから。きっと寿命が縮まったわ」
「あと数秒でも遅れていたら本当に……」
「ごめんなさい」

周囲の言葉に、ラピスは申し訳なさそうに謝罪をする。
心配をかけたのだ。
皆、心配してくれていた。

「……まぁでも、僕達は勝った」

少しの沈黙の後、ロンが空気を変えるように明るく言った。

「ハリー、ちょーすごい飛び方だったぜ」
「ドラコ、マーカスにお説教をされていたわ」

ラピスがくすりと笑う。

「おや、負けて悔しくないのか?」

フレッドがにやにや顔でラピスに問う。

「そうね、悔しいわ。勝ちたかったもの。でも、他にも嬉しいことがあったから」

横断幕や、声援をくれた人達を思い出す。

「それに、ハリーも無事だったから、良いの」
「ラピスらしいな」

微笑むラピスに、ジョージはその頭をくしゃりと混ぜて笑った。

「まぁ!何ですか、その泥んこは!」

マダム・ポンフリーが、泥だらけのグリフィンドール・チームと床を見て、悲鳴に近い声を上げた。

「此処は医務室ですよ!清潔は絶対!」

グリフィンドール・チームは、マダム・ポンフリーに追い出されるように医務室を出て行った。

「ラピス、」
「?」
「ごめん、また君を危険な目に……」
「謝らないで、私が勝手にやったことよ」

俯くハリーに、ラピスは言う。

「でも……」
「じゃあ――ごめんなさいの代わりに、ありがとうって言って?」
「え?」
「謝罪よりも、お礼の方がずっと嬉しい」

そうだ、その通りだ。
セドリックの言った通りだと思った。

「ありがとう、ラピス」
「ええ」

二人はにっこり笑った。

「――ねぇ、ラピス」
「何?」

ハーマイオニーが深妙な表情でラピスを見る。

「貴女、あの時――何か考えがあってハリーを庇ったの?」

彼女は、やはり賢い。
ロンは不思議そうな表情でハーマイオニーを見る。

「誰かがブラッジャーを止めることを知っていた?それとも、自分で何とかしようとしたのかしら?でも、あの時貴女は杖を持っていなかったわ」
「何故そんなことを聞くの?」

ラピスは無表情で、起伏のない口調で質問を返す。

「貴女があんな無謀なことをしたからには、何か考えがあったのかと思って……あ、変な意味で聞いているわけじゃないのよ」

ラピスの表情を見て、ハーマイオニーは慌てて付け加える。
ハリーはその様子を、ラピスを、黙って見つめていた。

「弾みよ。身体が勝手に動いていたの。考える時間なんてなかったわ」
「……そうよね、そんな余裕はなかったわよね」

ハーマイオニーは笑った。
納得してくれただろうか……。
確かに端から見れば、私は無謀過ぎるのだろう。

「ハリー、また来るわね」
「退院したら祝勝パーティーだ」

マダム・ポンフリーに追い出されないうちに、三人は医務室を出ることにした。

「早く良くなって」
「ラピス、」

数歩先にいるロンとハーマイオニーに聞こえないよう、声を落としてハリーは彼女を引き止めた。

「どうかして?」
「――ブラッジャーを止めたのって君じゃないんだよね?その――特別な才能とか言うやつ……」

一瞬、ラピスの表情が、瞳が、曇る。
僅かに上がっていた口角が、元の位置に戻って、唇は真一文字に結ばれた。
ハリーは触れてはいけないことだったか、と後悔をした。
しかし、聞きたかったのだ。

「いいえ、私じゃないわ」
「…そっか、じゃあ先生かな」
「そうね…多分」

そうではない気がするのは、何か引っ掛かる気がするのは、自身の気の所為だと思いたい。
それにしても、ハリーに"能力に頼った魔法"について聞かれるなんて。
彼がアルバスから聞いたとはいえ、本人から直接聞かれたのは初めてのことだ。
彼に、知られたくない。
もう――遅いかもしれないけれど。
彼は…何と思っているだろう。
ラピスはペンダントをきゅっと握った。
ハリーは黙ったまま、ラピスの群青色の瞳を見つめていた。

「ゆっくり休んで、ハリー」

冷たい赤い瞳が脳裏にちらついて、それを振り払うように、ラピスは踵を返し、寮までの道を速足で歩いた。


12 鉛色に揺蕩う(知りたいのは、君だからこそ)

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