「ラピス!」
医務室には、ベッドに座ったハリーを囲むようにしてロンとハーマイオニー、泥だらけのグリフィンドール・チームも既にいた。
「ハリー、大丈夫?」
ラピスは直ぐさま彼に駆け寄る。
「うん、痛みはないよ。おまけに何も感じないけどね」
ハリーが腕を振ると、骨のないそれはぱたぱたとはためいた。
「それにしても焦ったぜ」
「誰か知らないけど、先生が止めてくれなきゃラピスの頭は吹っ飛んでたぜ」
「誰が止めたのかを知っていて?」
フレッドとジョージの言葉に皆が頷き、ラピスは皆に問いかける。
「さぁ…ブラッジャーに夢中でそんなの見てないな」
「本当に焦ったんだから。きっと寿命が縮まったわ」
「あと数秒でも遅れていたら本当に……」
「ごめんなさい」
周囲の言葉に、ラピスは申し訳なさそうに謝罪をする。
心配をかけたのだ。
皆、心配してくれていた。
「……まぁでも、僕達は勝った」
少しの沈黙の後、ロンが空気を変えるように明るく言った。
「ハリー、ちょーすごい飛び方だったぜ」
「ドラコ、マーカスにお説教をされていたわ」
ラピスがくすりと笑う。
「おや、負けて悔しくないのか?」
フレッドがにやにや顔でラピスに問う。
「そうね、悔しいわ。勝ちたかったもの。でも、他にも嬉しいことがあったから」
横断幕や、声援をくれた人達を思い出す。
「それに、ハリーも無事だったから、良いの」
「ラピスらしいな」
微笑むラピスに、ジョージはその頭をくしゃりと混ぜて笑った。
「まぁ!何ですか、その泥んこは!」
マダム・ポンフリーが、泥だらけのグリフィンドール・チームと床を見て、悲鳴に近い声を上げた。
「此処は医務室ですよ!清潔は絶対!」
グリフィンドール・チームは、マダム・ポンフリーに追い出されるように医務室を出て行った。
「ラピス、」
「?」
「ごめん、また君を危険な目に……」
「謝らないで、私が勝手にやったことよ」
俯くハリーに、ラピスは言う。
「でも……」
「じゃあ――ごめんなさいの代わりに、ありがとうって言って?」
「え?」
「謝罪よりも、お礼の方がずっと嬉しい」
そうだ、その通りだ。
セドリックの言った通りだと思った。
「ありがとう、ラピス」
「ええ」
二人はにっこり笑った。
「――ねぇ、ラピス」
「何?」
ハーマイオニーが深妙な表情でラピスを見る。
「貴女、あの時――何か考えがあってハリーを庇ったの?」
彼女は、やはり賢い。
ロンは不思議そうな表情でハーマイオニーを見る。
「誰かがブラッジャーを止めることを知っていた?それとも、自分で何とかしようとしたのかしら?でも、あの時貴女は杖を持っていなかったわ」
「何故そんなことを聞くの?」
ラピスは無表情で、起伏のない口調で質問を返す。
「貴女があんな無謀なことをしたからには、何か考えがあったのかと思って……あ、変な意味で聞いているわけじゃないのよ」
ラピスの表情を見て、ハーマイオニーは慌てて付け加える。
ハリーはその様子を、ラピスを、黙って見つめていた。
「弾みよ。身体が勝手に動いていたの。考える時間なんてなかったわ」
「……そうよね、そんな余裕はなかったわよね」
ハーマイオニーは笑った。
納得してくれただろうか……。
確かに端から見れば、私は無謀過ぎるのだろう。
「ハリー、また来るわね」
「退院したら祝勝パーティーだ」
マダム・ポンフリーに追い出されないうちに、三人は医務室を出ることにした。
「早く良くなって」
「ラピス、」
数歩先にいるロンとハーマイオニーに聞こえないよう、声を落としてハリーは彼女を引き止めた。
「どうかして?」
「――ブラッジャーを止めたのって君じゃないんだよね?その――特別な才能とか言うやつ……」
一瞬、ラピスの表情が、瞳が、曇る。
僅かに上がっていた口角が、元の位置に戻って、唇は真一文字に結ばれた。
ハリーは触れてはいけないことだったか、と後悔をした。
しかし、聞きたかったのだ。
「いいえ、私じゃないわ」
「…そっか、じゃあ先生かな」
「そうね…多分」
そうではない気がするのは、何か引っ掛かる気がするのは、自身の気の所為だと思いたい。
それにしても、ハリーに"能力に頼った魔法"について聞かれるなんて。
彼がアルバスから聞いたとはいえ、本人から直接聞かれたのは初めてのことだ。
彼に、知られたくない。
もう――遅いかもしれないけれど。
彼は…何と思っているだろう。
ラピスはペンダントをきゅっと握った。
ハリーは黙ったまま、ラピスの群青色の瞳を見つめていた。
「ゆっくり休んで、ハリー」
冷たい赤い瞳が脳裏にちらついて、それを振り払うように、ラピスは踵を返し、寮までの道を速足で歩いた。
12 鉛色に揺蕩う(知りたいのは、君だからこそ)
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