秘密の部屋 | ナノ

▼ 12(03)


どうにかしたいが、杖がない以上何をすることも出来ない。
ラピスは、飛びながら思考を巡らせる。
分からないようにあのブラッジャーに魔法をかけることは出来ないだろうか。
速度を遅らせるだけでも良い、兎に角ハリーから遠ざけられれば……

「ラピス!何してるんだ!」

マーカスの声が背中に投げられ、得点を見ればグリフィンドールに十点入っている。
ハリーのことを見ている間に入れられてしまったのだ。

「…ごめんなさい」

今は試合中だ。
スリザリンのチェイサーである私は、ハリーではなくクアッフルを追いかけなくてはならない。
ラピスは、ハリーから渋々視線を外し、クアッフルを持つアンジェリーナを追おうと箒の柄を握り直した――その時、
ぐしゃ、と嫌な音が聞こえたかと思うと、観客席から歓声が上がる。
振り向くと、ハリーが、箒から落ちそうになりながらスニッチを掴んだところだった。

「ハリー・ポッターがスニッチを掴みました!グリフィンドール、一六○対六十で勝利!」

歓声に包まれる競技場。
しかし、

「ハリー!」

彼はそのままバランスを崩し、地面に落ちて行く。

「ハリー!」

ラピスは急降下して追いかける。

「ラピス!」

観客席から悲鳴が聞こえる。

「っ、」

地面に落下する、寸前のところで、ラピスはハリーのローブを捕まえた。
再び、観客席が歓声で湧く。
ラピスはゆっくりと着地し、ハリーを横たわらせる。

「ハリー?」

気を失っているのだろう。
顔色が悪いわけではない。
ふと、顔から視線を外すと、彼の腕が異様な色になっているのに気が付く。
ブラッジャーが当たったのだろう。
骨折しているに違いない。

「ラピス!」

フレッドの慌てた声が聞こえて、弾かれたように振り返ると、ものすごい勢いでブラッジャーが此方に向かって来ている。
――忘れていた。
ラピスの背中に冷や汗が伝う。
ハリー目掛けて飛んでくるブラッジャー。
ラピスは、横たわるハリーの前に立ちはだかる。

「逃げろ!死ぬぞ!」

ジョージの声が遠くの方で聞こえた。
ラピスは、"能力に頼った魔法を"使うつもりだった。
杖がない、使うしかない。
観客席から悲鳴が上がる。

「ラピス!」

ドラコの、自身を呼ぶ声が聞こえた。
時間を止める魔法を使おうか、それとも魔法の盾を展開させ、ブラッジャーを爆発させようか――
ブラッジャーとラピスとの距離が一メートルを切った。
ラピスは念じようとした、が――思考が止る。
猛スピードで此方に向かって来ていたブラッジャーが、突然ぴたりと止まったのだ。

「え――?」

そして、ブラッジャーは地面に落下すると、飛んだり跳ねたりして暴れだした。

「このっ!」
「大人しくしろっ!ラピス、大丈夫か?!」

フレッドとジョージが飛んできて、ブラッジャーを抑えこむ。
唖然としたラピスは、答えることが出来なかった。
何故、急に?
私は、何もしていないのに……。
教師達だろうか?
ロックハートが何か言いながら駆け寄ってきて、目を覚ましたハリーに何か言っている。

「やめて……」

弱々しい声が聞こえて振り返ると、人垣の真ん中で、ロックハートに上半身を起こされたハリーがいて、彼のあの異様な色になってしまった腕がだらりと垂れ、通常では有り得ない方向に曲がっていた。

「ま、まぁ、こんな事も…あります…うん」
「骨を抜いたのね」

はは、と誤魔化すように笑うロックハートに、ラピスの冷ややかな声が突き刺さる。
その場にいる、誰もがごくりと唾を飲み込んだ。

「ハリーを医務室へ」

結局スリザリンは負けてしまった。
ハリーのいないグリフィンドールチームは、整列の際、満面の笑みを浮かべていた。

「気は確かか?!」

整列の後、荒々しい声と共に乱暴にローブを引っ張られ、ラピスは少し驚く。

「死ぬところだったんだぞ」

通常よりも、低いドラコの声。
"大丈夫"だと言ったところで、彼に"能力に頼った魔法"のことは理解出来ない。

「ごめんなさい」

彼は黙ったまま、ラピスを睨みつける。
彼が怒ることは嫌いではない。
泣くことも嫌いではない。
彼の、本音が見えたような気がするから。
去年より、彼は作り笑いを貼り付けている時間が少々減った。

「君がこんなに無謀だなんて知らなかった」

ラピスから視線を外して、彼は言った。

「私も、貴方がこんなに怖いだなんて知らなかったわ」
「ご、ごめん。……じゃなくて!」

彼は咄嗟に謝ったが、慌てて我に返る。

「あんまり無茶なことはよしてくれ」
「………」

黙ったラピスを見つめていたドラコは、小さく溜息を吐く。
眉を下げる彼に、ラピスは少し申し訳なくなる。

「心配、してるんだ」
「ごめんなさい」

ここは謝っておいたほうが良さそうだ。
心配されることは嫌ではない。
それが、虚偽だったとしても――?

「ドラコ!何でスニッチに気が付かなかった!」

後ろからマーカスにローブを引っ張られ、ドラコはそのままチームの輪に連れて行かれて説教をされていた。
ラピスは医務室に向かう為、早足で競技場を出た。

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