視界が空けて飛び込んできたのは、白い天井。
其処は、一度来たことのある場所だった。
医務室のベッドに、ラピスは寝ていた。
今のはやはり夢だったのだろうか。
そう思うと同時に、ベッドの傍に座っているアルバスが目に入る。
「アルバス……」
「気分はどうかね?」
「私……」
何故、医務室にいるのだろう。
記憶を辿るが、思い出せない。
――そうだ、ハリーは…?
「ハリーは?ミセス・ノリスは?」
「落ち着きなさい、大丈夫じゃ」
勢い良く起き上がると、彼に宥められる。
去年の学年末もこんなことがあった。
「ミセス・ノリスは石になっただけじゃ。ハリーは何もしておらん」
「……そう」
「マンドレイクが成長すれば、蘇生させる薬を作ることが出来る。そうすれば、彼女は元通りじゃ」
良かった。
身体の力が抜けた気がした。
ミセス・ノリスが死んでいなくて良かった。
ハリーの疑いが晴れて良かった。
彼が何もしていないと分かっていても、何かに巻き込まれたのではないかと心配した。
「これを飲みなさい」
彼が差し出したのは、誕生日の異常が終わった際に飲む薬と同じものだった。
アルバスが言うには、精神的疲労を和らげてくれる薬。
「スネイプ教授が?」
「そうじゃ」
オレンジ色のその薬は、やはり不思議な味がした。
一口飲むと、頭がぼーっとした。
ラピスが薬を飲み干したのを見て、彼は微笑む。
「君は…倒れてしもうたのじゃ」
「どうして――」」
あまり記憶がないが、あの現場を見て兎に角恐ろしかったのを覚えている。
とても、怖かった。
石になって動かなくなったミセス・ノリスを見てから、意識は飛んでしまった。
「疲れていたのかもしれん。今日はゆっくり休みなさい」
にっこり笑って、彼はラピスの頭を撫でた。
そして、急いでいるのか、直ぐに立ち上がる。
「君を此処まで運んでくれたのはセドリックじゃ。お礼を言いなさい」
「…はい」
彼が……。
迷惑をかけてしまった。
迷惑は絶対にかけないつもりだったのに。
否、かけてはいけなかったのに。
ぼーっとした頭が次第に戻ってきて、後悔が押し寄せる。
悔いても記憶がない為、仕方が無いけれど。
そう言えば、私は一晩寝ていたようだ。
既に日が差し、時計は一限目の授業が終わった時間を指していた。
アルバスがいなくなった個室で、ラピスはトムのことを考える。
彼は、一体何者なのだろうか。
瞼の裏に焼き付いた赤色の瞳が、とても印象的だった。
不思議と言うよりは、不気味な美少年。
それなのに、何故か惹かれた。
何処、と聞かれても分からないが、少なからず彼に興味を持った自分がいた。
「ラピス?」
カーテンの向こう側で、声がした。
ラピスを此処まで運んでくれた、セドリックのものだ。
「どうぞ」
カーテンを開け、彼が個室に入ってくる。
勿論、カーテンは少し開けたまま。
紳士な彼は、ラピスの顔を見て安堵の笑みを浮かべる。
セドリックもハンサムだが、トムの方が美しいと思った。
しかし、トムの微笑みが温もりのないものだったが、セドリックの微笑には温もりがある。
「良かった、元気そうだね」
彼は、ベッドの傍にある椅子に腰掛けた。
「迷惑をかけてごめんなさい」
ラピスは、ベッドで身体を起こしたまま頭を下げた。
「迷惑だなんて思ってない。僕が好きで運んだんだから」
彼は即座に言った。
「でも、貴方に手間を掛けたわ」
「手間とも思ってないよ」
「でも……」
引き下がらないラピスに、彼は困った顔をする。
「じゃあ、ごめんなさいの代わりに、ありがとうって言ってくれない?」
「………」
「謝罪よりも、お礼の方がずっと嬉しい」
彼がそう言うのならば、とラピスは頷く。
「…ありがとう」
「どういたしまして」
彼はにっこり笑った。
「もう、体調は良いの?」
「ええ」
「びっくりしたよ、君の様子がおかしくなって…あんなに焦ったのは初めてかもしれない」
私は、どのようになったのだろう。
彼が焦ると言うことは、相当だったのだろうか。
「ごめんなさい、記憶がなくて……」
「じゃあ――あれも?」
「あれ……?」
いつもよりも堅い表情で聞く彼に、ラピスは小首を傾げる。
「いや、何もないんだ」
「……そう」
記憶のない間に、何かあったのだろうか……。
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