此処は何処だろう。
真っ白な部屋――と呼ぶべきかどうか分からないが、真っ白な部屋に、ラピスはいた。
ドアも窓もない、どれ位の奥行きと高さがあるのかも分からない。
唯一、心臓の音だけが聞こえていた。
夢だろうか、現実だろうか――こんな夢は初めてだ。
「ラピス」
名前を呼ばれて、はっとする。
自分以外に、誰かいたのだ。
気配も音もしなかった。
そして、聞いたことのない声。
ゆっくり振り返ると、其処には、ラピスと同じスリザリンの制服を着た美少年が立っていた。
陶器のように滑らかな白肌に、艶のある黒髪。
目鼻立ちは整っていて、今まで出会った人の中でも群を抜いて美しい。
立っているだけでも品があり、利発さが滲みでている。
そして、僅かに口角を上げて、彼は微笑んでいた。
「貴方は――」
落ち着いた雰囲気と背の高さからして、年上だろう。
しかし、こんな生徒はいただろうか。
こんなにも目立つ容姿をしていれば、知らないはずはない。
彼は、確かに自身の名前を呼んだ。
「どなたかしら……?」
彼を取り巻くモノクロの中で、目立つ緑色と赤色。
緑色は制服だ。
赤色は――彼の瞳。
その赤色の瞳は、笑ってはいなかった。
唇は確かに緩やかな弧を描いている筈なのに。
「僕は、トム」
「トム……」
初めて聞いた名前だ。
「君は僕を知らないだろうね」
「ええ」
「でも、僕は君を知っている」
「何故……?」
彼は本当にホグワーツの生徒なのだろうか。
ホグワーツの生徒ならば、自身を知っているはずだ。
しかし、どうも違和感を感じるのだ。
まるで、彼の存在が幻のようで、不確かなものを感じるのだ。
ゴースト?
否、それとは何か違う。
夢だとしたら、当たり前のことかもしれない。
両親が殺された日の夢以外見たことがないから、確証はないけれど。
しかし、夢にしては思考がはっきりし過ぎている。
「君は、何に怯えているんだい?」
トムの言葉に、ラピスははっとする。
彼は、人の心が読めるのだろうか。
開心術?
否、開心術を使用したならば、今、平気で立っていられるはずがない。
「何が、怖いんだい?」
彼は、微笑を浮かべたまま続ける。
ラピスの鼓動は早まっていき、手は無意識にペンダントを握り締めていた。
「怖いのは何故?」
「貴方、何故――」
その先の言葉に詰まる。
何故、知っているの?
何故、分かるの?
「周りの人間に知られるのが怖いんだろう?」
思わず、頷いていた。
「でも、その知られたくない"何か"が分からない」
そう。
分からないから怖いのだ。
分からない"何か"に、私はずっと怯えている。
「可哀想に、誰も教えてはくれないんだね」
彼は眉を下げて心底同情したような表情をする。
どこか、わざとらしい。
本当に思っているのだろうか。
仮に思っていたとして、彼は何故、私の心中を知っている?
誰にも話していないことなのに……。
「その"何か"を、僕は知っている」
「え……?」
心臓が、どくんと音を立てた。
「何故、知っているの?何故、私のことを知っているの?」
ラピスの問いに、彼は更に口角を上げ、妖艶な笑みを浮かべた。
彼の透き通るように白い手が伸びてきて、ラピスの頬に触れようとする。
驚いて、避けようと思った。
が、身体が動かない。
そして、そこで突然視野がぼやけ始める。
「貴方は――」
意識が朦朧としていく中で、彼の言葉だけがはっきりと耳に入った。
「――僕は、ずっと、君に会いたかったんだ」
それを最後に、ラピスの意識は途切れた。
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