「これは……」
ラピスに追いついたセドリックが、呟く。
「私の猫だ!ミセス・ノリスに何が起こったというんだ?」
フィルチが騒ぎを聞きつけてやってきて、狂ったように叫ぶ。
「お前だな!ポッター!お前が私の猫を殺したんだ!」
「違う!僕じゃない!僕は何もしてない!」
「アーガス、」
アルバスや職員達が到着し、生徒達に此処を離れるように指示を出す。
「アーガス、落ち着きなさい。猫は死んではおらんよ」
ミセス・ノリスをじっと見て、アルバスは言った。
その言葉も耳に入らず、ラピスは硬直したままだ。
否、頭の中で、走馬灯のように、記憶が駆け巡っていた。
両親が、殺された日の記憶。
冷たく、光を失ってしまった瞳。
動かなくなった身体。
ペンダントを握りしめ、ラピスはミセス・ノリスを見つめていた。
「ラピス、寮に戻ったほうが良い」
セドリックが、隣の彼女に話しかける――が、反応がない。
「ラピス?」
肩を不自然に上下に動かし、苦しそうに呼吸を始めた彼女。
異変に気付いたセドリックは、彼女を窺う。
「ラピス、ラピス…?」
肩を揺するが、それでも反応はない。
「はっ、はっ、っ…う、っ……」
群青色の瞳は見開かれ、紅い唇は徐々に色を失っていく。
唯ならぬ彼女の様子に、セドリックは背中に冷や汗が伝うのを感じた。
一体、彼女の身に何が――
その時、突然、びしっ大きな音がした。
「っ!!」
「何だ?!」
「何?!」
其処にいた誰もが驚き、セドリックは、咄嗟にラピスの肩を抱いた。
何か、硬いものが壊れたような、割れたような音。
「か、壁が――」
文字が書かれた壁に、亀裂が入っていた。
こんな硬い壁に一瞬で亀裂を入れることが出来るのは、魔法だけだ。
その魔法を誰が?
杖を手にしている者はいなかった。
直ぐにアルバスとスネイプ教授、マクゴナガル教授が周囲に視線を泳がせ、ラピスを捉える。
「校長、」
「大丈夫じゃ」
スネイプ教授にそう言うと、アルバスは、セドリックに肩を抱かれたラピスに滑るように近付く。
そして、彼女の額に手を当てる。
一瞬光りを発したかと思うと、ラピスの身体の力が抜けた。
意識を失ったのだ。
セドリックは、ラピスを抱きかかえ、訳が分からずアルバスを見る。
「先生、彼女は――」
「大丈夫じゃ。少し休めば元気になる」
アルバスは微笑んだ。
「少し、思い出してしまったようじゃのう」
本当に小さな声で、彼は呟いた。
ラピスを見つめる彼は、セドリックの見たことのない表情をしていた。
「セブルス、あの薬を頼む」
「はい」
スネイプ教授から視線を外すと、アルバスはラピスの顔にかかった髪を払いよけた。
「セドリック、彼女を医務室に運んでもらえるかのう」
「はい」
セドリックが彼女を横抱きにすると、アルバスがどこからともなくブランケットを取り出し彼女にかける。
「大丈夫じゃ、まずは此方を片付けんとな」
ラピスを心配そうに見つめるハリーとロン、ハーマイオニーに、アルバスはそう言って微笑んだ。
09 遠ざかる平穏(記憶の淵を彷徨う)
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