秘密の部屋 | ナノ

▼ 08(03)


上級生はどんどん進んで行ってしまう。
ドラコに手を腕を引っ張られ、ラピスは混乱したままその後に続く。
ハリーとフレッド、ジョージは箒で飛んでいて、異変に気付いたらしく地上に降りて来た。

「フリント!」

ウッドが怒鳴りながら、此方に大股で歩いてくる。
ラピスとドラコは、上級生の後ろに隠れていて、向こうからは見えないだろう。
このまま見付からなければ良いのに、とラピスは思った。
ドラコは眉間に皴を寄せたままで黙っている。

「我々の練習時間だ!その為に特別に早起きしたんだ!今すぐ立ち去ってもらおう!」

……え?
スリザリンが予約したのではないの?
数人の足音が聞こえた。
他のメンバーも此方にやってきたらしい。
ラピスは胃が重くなってくるような気がした。

「僕達が予約したんだぞ!」
「こっちにはスネイプ先生が特別にサインしてくれたメモがあるぞ。"私、スネイプ教授は本日クィディッチ競技場において、新人を教育する必要がある為、スリザリン・チームが練習することを許可する"」

あの紙は許可書だったのだ。
グリフィンドール・チームが予約していることを知っていて、わざと今日、スネイプ教授に許可書を頼んだのだ。
何て狡猾な……。
彼等はスリザリンで、狡猾だと言うことをしっかり頭に入れておかなければならなかった。

「新人だって?」

ウッドの問いに、ラピスの心臓が跳ねた。
すると、ドラコが上級生を掻き分けて、一歩踏み出そうとした。
彼はラピスの手を引っ張り一緒に前に出ようとしたが、彼女は全力で首を振って拒否した。

「どうして、」

ドラコが小声で聞いた。

「駄目、駄目……」

小さな声で言うラピスの表情は、怯えたようなものだった。
ドラコは仕方なく彼女を引っ張ることをやめたが、手は握ったままだった。
逃げるとでも思ったのだろうか。
しかし、ラピスは動くことが出来なかった。

「僕が新しいシーカーだ」

グリフィンドール・チームがざわめく。

「ルシウス・マルフォイの息子じゃないか」

フレッドの嫌悪のこもった声が聞こえた。
ドラコは何を言い返すのだろう。

「新しいのはそれだけじゃない」

ドラコの声に、ラピスの心臓はまたも跳ねる。

「ニンバス二○○一。父上がチーム全員に買って下さったんだ」
「最新型だ。先月出たばかりさ」

全員が、ニンバス二○○一をこれ見よがしに見せつけているのだろう。

「君達が練習したって無駄だろう?旧型のクリーンスイープで勝てると思ってるのかい?さっさと出て行ってそれで中庭掃きでもすると良いさ。お小遣いが貰えるかもしれない」
「「なんだと!」」

双子が声を揃えて怒鳴った。
ラピスは知っていた。
貧しいながらも両親が一生懸命貯金をして二人に箒を買い与えてくれたこと、フレッドとジョージが、箒をとても大切にしていること。
その証拠に、二人の箒はくたびれてはいたがきちんと手入れをされていた。
それを、ドラコは貶したのだ。
ラピスは、どうしたら良いか分からず隠れているだけの自身が、酷く情けなくなった。

「どうしたんだい?何で練習しないんだよ。それに、どうしてマルフォイがいるんだ?」

ロンの声だ。
ということは、ハーマイオニーも一緒なのだろう。
分かっていたことだが、穏便に済むはずがない。

「ウィーズリー、僕が新しいスリザリン・チームのシーカーだ」
「何だって?」

ロンが素っ頓狂な声を出す。

「父上がチーム全員に買って下さった箒を皆で称賛してたところさ」
「ニンバス二○○一…!」

ロンのリアクションに、フンと、ドラコが小馬鹿にしたように鼻で笑った。

「何かの間違いだろ、君がシーカーだなんて」
「黙れウィーズリー。君の父親が旧型のクリーンスイープしか買えないから負け惜しみかい?よく箒を買って家が無事だったな。ああ、家じゃないな、家畜小屋か」
「っ――!」

スリザリン・チームがせせら笑った。
ロンはきっと顔を真っ赤にしているに違いない。
すると、それまで黙っていたハーマイオニーが口を開いた。

「少なくとも、グリフィンドールの選手は、誰一人としてお金で選ばれたりしてないわ。こっちは純粋に才能で選手になったのよ」

その瞬間、ラピスの手を握る力が急にぎゅっと強くなった。
痛みで声を上げそうになった程だ。
彼女の手を握るドラコの手は、小刻みに震えていた。
彼は、激怒していた。
彼は、自身よりも成績が優秀だということも手伝って、純血でないハーマイオニーの事を酷く毛嫌いしている。
彼女に何を言う気だろう。
最早ラピスのペンダントを握る力は、これ以上ない程だ。
お願い、何も言わないで――
ラピスは無駄だとは思っても、祈らずにはいられなかった。
しかし――、

「誰もお前の意見なんか求めてない。生まれ損ないの"穢れた血"め」

血の気が引くと共に、激しい悲しみが湧いた。
"穢れた血"
純血でない、マグル生まれの魔法使いや魔女を蔑む酷い言葉だ。
ラピスは一度も口にしたことさえない。

フレッドとジョージの怒鳴り声、アンジェリーナ達女子選手の金切り声が聞こえた。
それ程、ドラコは酷いことを言ったのだ。
ハーマイオニーはこの言葉を知っていただろうか。
傷付いただろう。
泣いているだろうか。
胸が痛い。
――消えてしまいたいと思った。

「離して!」

ラピスは、握られている方の手を力一杯振って、ドラコの手を解いた。

「ラピス!」

走りだすラピス。
ドラコは彼女を呼ぶが、彼女は止まらない。
突然スリザリン・チームの後ろから飛び出した彼女を見て、グリフィンドール・チームは驚きの声を上げる。

「ラピス…?!」

どうして彼女が此処に?
どうして彼女があのローブを?

「ラピス!」

ラピスは足を止めなかった。
あそこにいられない、いたくなかった。
心が痛かった。
私は、逃げたのだ。

「ラピス!」

ハーマイオニーの悲痛な声が、ラピスの頭に響く。
怖かった。
スリザリンの家系に生まれたことが、酷く恐ろしかった。

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