「ラピス!」
ドラコに大声で呼ばはっとする。
「上だ!逃げろ!」
上を見ると、シャンデリアに数匹のピクシーがぶら下がり、ネジを外そうとしている。
今にも外れて落ちてしまいそうだ。
咄嗟に逃げようとするが、気が付く。
傍に、シャンデリアの下に、パーキンソンが座り込んでいるのだ。
「早く逃げるのよ!」
「あ、足を挫いたの」
パーキンソンは右足を抑えながら喘いだ。
自身の肩に彼女を捕まらせ、ラピスは立ち上がろうとするが、少しふくよかな彼女は重たかった。
「ラピス!」
ドラコが二人の元に駆けつける。
唯でさえ青い顔を、更に真っ青にしている。
「僕が変わるから、早く君は離れるんだ」
彼にこんな勇気があっただろうか。
ラピスは首を横に振る。
「貴方が逃げて」
「そうはいかない!」
ドラコも首を横に振る。
「落ちるわ!」
「逃げて!」
女生徒達が悲鳴を上げる。
被害に合わないようにと、教室から逃げ出す生徒達。
「ラピス!」
もう駄目だ――彼女だけでも――!
そう思い彼女を押そうと手を伸ばしたが、その手は彼女の柔らかな手に包まれた。
「大丈夫よ」
ラピスは杖を、落ちてくるシャンデリアに向けた。
「――プロテゴ」
その瞬間、三人とシャンデリアの間に魔法の盾が展開される。
その盾は、三人の周りだけではなく教室全体に及んでいた。
「すごい…!」
ドラコは息を飲んだ。
これ程までに広範囲な盾を、こんな簡単に――…
「今のうちに」
誰一人怪我をすることなく、無事に教室を脱出することが出来た。
残ったピクシーはそのままだ。
ロックハートが片付ければ良いだろう。
「なんて奴だまったく。父上に言いつけてやる」
ドラコが悪態を吐いた。
もう普通に歩けるようになったようだ。
彼があの後暫く腰が抜けて立てなかったと言うことは、私しか知らないことだ。
――「本当にすごかったわ!」
「ラピスのお陰だ」
談話室に戻っても、スリザリン生は口々に彼女を褒め称えた。
ドラコ以外、誰も彼女達を助けようとはしなかったのに。
「大丈夫だったかい?」
「ええ、貴方は?」
「平気さ」
ドラコが笑う。
「君のお陰だ」
ラピスは首を横に振る。
「貴方が声をかけてくれたからよ、ありがとう」
微笑むば、ドラコは頬を染めた。
彼がいなかったら、パーキンソンと共にシャンデリアの下敷きになっていたかも知れない。
「何故、助けたの」
彼女の声色は、僅かに冷たいものだった。
「何故って…どうしてそんなことを聞くんだい?」
わけが分からない。
彼は至って爽やかに、笑って答えた。
「何故?」
それでも彼女は再度聞いた。
ふい、とドラコが目を逸らす。
爽やかな笑みが消え、今度は気まずそうな表情になる。
僅かにピンクに頬を染めているのは、気の所為だろうか。
「だって……約束、したじゃないか」
「え?」
「いや、何でもない」
彼はそう言うと、小走りで男子部屋の方に行ってしまった。
何が言いたかったのだろうか…。
彼は、私に危害を加えるつもりはないのだろう。
多分――今のところは。
「パンジー!」
「大丈夫なの?」
医務室に行ったパーキンソンが、談話室に入ってきた。
右足を少し引きずってはいるが、どうやら軽症だったようだ。
それを確認して、ラピスは踵を返して自室に戻ろうとする。
「待って」
後ろから、つっけんどんな声が聞こえた。
振り返ると、パーキンソンが気まずそうに立っている。
「さっきは、あ……あ、ありがとう」
ぼそりと、呟くようだったが、彼女はラピスの瞳を見て言った。
「そっそれだけよ」
彼女は、直ぐに目を逸らしてそっぽを向いてしまった。
目を見開いていたラピスの口元が綻ぶ。
「良かったわ、軽症で」
彼女は、彼女達は、普通の子供なのだ。
唯、生まれた家によって考え方が変わってしまうだけ。
感謝をすることも、お礼を言うことも知っている。
お礼を言われて、胸が温かくなった。
感謝されることは、こんなにも嬉しいのだ。
06 並行線を装って(きっと、いつかは――)
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