賢者の石 | ナノ

▼ 29(3)


「ラピス、」

勉強会が終わり皆が自室に戻り始めた時、ドラコが小声で彼女に声をかけた。

「何?」
「消灯時間を過ぎたら談話室に来て」
「え?」

ドラコがこんなことを言うのは初めてだった。
ラピスは思わず聞き返す。

「教えたいことがあるんだ」
「何……?」
「君が仲良くやっている連中が今何をしでかそうとしているのか、教えてあげるよ」

"仲良くやっている連中"
勿論ハリー達の事だろう。
彼等が一体何をしたと言うのだろうか。
ラピスは何度も聞いたが、ドラコは口を割らなかった。

そんなことを言われれば、ドラコの言う通りにするしかない。
ラピスは消灯時間が過ぎた頃、談話室に向かった。
透明マントなしに夜の学校を徘徊するだなんて危険すぎる。

「大丈夫さ」

ドラコはラピスの手を引いて真っ暗な廊下を進む。

「ねぇ、そろそろ教えて」
「――良いかいラピス、奴等は違法行為をしている」
「え…?」

"違法"と聞いてラピスが目を見開く。
ドラコの口角が少し上がった。

「何かに巻き込まれているの?」
「自分達で足を突っ込んだんだ。違法行為だと分かってるくせに」
「何?何をしたの?」

ラピスが珍しくドラコの話しに食い付く。
それは内容がハリー達のことだからであって、そうでなければ彼女はこんな反応を示すことはない。
僕についても来ないだろう。
ドラコはそのことを分かっている。
――胸がもやもやする。
ドラコは小さく舌打ちをした。

「教えてちょうだい、ドラコ」
「――ドラゴンだよ」

ドラコが不機嫌な声音で言った。

「ドラゴン……?!」

ラピスの瞳が見開かれる。

「ハグリッドが小屋で育ててる。今夜、ポッターとグレンジャーが天文台でウィーズリーの兄にドラゴンを引き渡すんだ」

ハリーはそれを話そうとしていたのだ。
確かに人前で話せる内容ではない。
こんなことが公になれば、最悪退学になってしまうかもしれない。
彼等がこんなことに首を突っ込んでいたなんて……。

「貴方、最近それを調べ回っていたのね」

彼のあの不審な行動や意味ありげな言動はこれだったのか。

「君、どうしてそんなに冷静なの?幻滅しないのかい?違法だぞ?」
「心配はしているわ。でも、幻滅なんてしないわ」

彼のことだ、私がこのことでハリー達に愛想を尽かすとでも思ったのだろう。
彼は歩くのを止め、暗闇でラピスを見つめている。

「どうせ、他のスリザリン生にも何か吹き込んだのでしょう?」
「っ……!」

彼の眉がぴくりと動いた。

「貴方の頼みくらいしか、パーキンソンは聞かないでしょうからね」

彼女があんなことを言った理由が理解出来た。
ロンの怪我も、恐らくドラゴンに噛まれたのだ。
犬に噛まれたにしては治りが遅すぎる。

「もう良いわ。私はハリー達を手伝いに行くから、貴方は寮にお戻りなさいな」
「それじゃあ君も同罪になるだろ。先生の所へ行こう」
「行きたいなら行けば良いわ。私はハリー達の所へ行く」
「っ……そうやっていつも君はっ…!」

ドラコが声を荒げた時、かつん、と靴音が聞こえた。
彼は慌てて口を抑えるが、もう遅い。
見付かったことよりも、ラピスは彼が声を荒げたことに驚いていた。

「何をしているのですか!」

杖先の光が二人を照らす。
其処には、マクゴナガル教授が眉間に皺を寄せて立っていた。

「ミスター・マルフォイ、ミス・ミリアム。消灯時間はとっくに過ぎました。一体何をしていたのですか?」
「先生、ポッター達がドラゴンを!」
「ドラゴン?」

マクゴナガル教授の眉がつり上がる。
信じてもらえるわけがないだろう。

「もう一度聞きます、何をしていたのですか?」
「魔法史の教室に忘れ物を取りに行こうと」
「違います!ポッターがドラゴンを!」

ドラコがラピスの言葉を遮る。

「どうしてそんな嘘を吐くのですか!」
「嘘じゃない!」

ドラコはどうしてもハリー達を犯罪者にしたいようだ。
しかし、マクゴナガル教授が彼を信じることはないだろう。
彼が普段からハリーを陥れようとしていることを、マクゴナガル教授は見抜いているに違いない。

「嘘を吐くのならもう少しまともな嘘をお吐きなさい!あなた方をスネイプ先生に引き渡します!」

ドラコの話は信じて貰えず、結局減点されてしまった。

――「君まで怒られることになって…それから、さっきは……ごめん」

談話室に戻ってきて、ドラコが口を開いた。
"さっき"とは声を荒げたことだろう。

「もう良いのよ」
「でもまだ怒っているだろう?」
「怒ってはいないけれど、呆れてはいるわ。ハリー達と私がどう接しようと、貴方には関係ないはずよ」

私から愛想を尽かすことなんてあるわけがない。
ラピスの言葉に、ドラコは俯いた。

「君に……もっと、此処にいて欲しかったんだ」
「え?」

小さな、消え入りそうな声で彼は言った。

「ラピス、君はいつも何処かへ行ってしまうだろう?僕は君と…もう少し一緒にいたくて……」

"一緒にいたくて"

私を観察する為に?
この言葉の裏は――?

「それで、パーキンソン達にも頼んで、君がこっちにいる時間を長くなるようにした」

顔を上げた彼の顔が悲しげに歪んでいる。
そんな顔をされては、何が本当なのか分らなくなってしまう。
彼が、何を考えているのか――…

「……分からない」
「え?」
「いいえ、何でもないわ」

ラピスは座っていたソファから腰を上げた。

「貴方の言いたいことは分かったわ。でも、あの勉強会は勘弁してちょうだい。自分の勉強が出来ないのよ」

呆れたように、少し笑って言ったラピスを見て、ドラコの表情が明るくなる。

「じゃあ、僕と二人ですれば良い」
「何故そうなるの」
「君に追い付けるように頑張るから」

そう言ってドラコは微笑んだ。

煌いた青灰の瞳に、僅かに動揺した私。
彼が何を考えているのか分らないのにも関わらず、彼とこうして関わってしまうのは、私の甘さだろうか。
しかし、時折姿を表す彼の本音が、どうしてか私の心を揺らす。
それが不快なのか、そうでないのかも分からない。


29 踏み出す度に遠くなる(もっと近付きたいのに)

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