賢者の石 | ナノ

▼ 28(2)


イースター休暇に入り、どの生徒も宿題に追われていた。
先生達もハーマイオニーと同意見のようで、山のような宿題を出すことを躊躇わなかった。

――「やぁ」

彼は、いつもと同じ笑みで言った。

「ごきげんよう」

今日は休暇の宿題の所為で、図書館が混んでいる。
人混みが嫌いなラピスは優鬱だった。

「貴方、クィディッチの選手だったのね」
「うん、まぁ」

セドリックは微笑んだ。

「驚いた?」
「そうね、この間の貴方の言動には引っかかるところがあったから、気になってはいたけれど」
「そうか、確かにおかしかったね」

彼は悪戯っぽく笑った。

「シーカーよね?」
「ああ。でも、この間はポッターに完敗だったよ。悔しいけど、彼は素晴らしかった」

彼の言葉を聞いて、ラピスは嬉しくなった。
友達を罵られれば悲しいように、友達を褒められると嬉しいのだ。
友達であるハリーが人に褒められることは、自身が褒められることよりもずっと嬉しい。

「君はポッターの話しをしている時、いつもより表情がある」
「……そうかしら」
「うん、良い顔してる」

そう言われ、どういう顔をしたら良いのか分らなくなったラピス。

「少し、羨ましいよ……」
「え?」

彼の呟きが上手く聞きとれず、ラピスは聞き返す。

「いや、何でもない」
「……そう」

彼がそう言うので、追及するのはやめた。

「ラピスは魔法薬学が好きなんだね」
「ええ」

ラピスの熱心に魔法薬学の参考書を読む姿を見て、彼が言った。

「――両親が、魔法薬の研究をしていたの」

特に父親の方が優れていて、母親がサポートをしていた。
時折、失敗をすると研究室から悪臭が漂ってきたり、おかしな色の煙が充満したりした。
それでも二人の作る魔法薬はとても高く評価されたし、二人を尊敬する魔法使いや魔女は沢山いた――そう、ルーシーが言っていた。
とても、懐かしく思えた。

「あの、どうかして……?」

彼は、先程から黙りこくっている。
驚いたような顔をしたままラピスを見つめているのだ。

「あ、ごめん……その、驚いて」
「両親のこと?」
「いや、そうじゃない。驚いたのは、君が、自分のことを初めて自分から話してくれたから」

自身のことや一族のことなど、彼女は自ら話さなかった。
自ら話しかけることも稀で、必要以外は口を開かない。
そんな彼女が、自ら身辺を話してくれた。
嬉しさと驚きで、セドリックは呆然としてしまったのだ。

「あ…、ごめんなさい」

何と言ったら良いか分らず、謝るラピス。

「どうして謝るの?君が話してくれて、とても嬉しかったよ」

彼はきっと本心を言っている。
胸が、温かくなるのを感じた。
無意識だった。
話そうと思ったわけではなかった。
きっと、魔法薬学が好きな理由を、彼に知ってもらいたかったから。
理由はない。
知って欲しかった――それだけ。

「君のご両親がどんな人だったのか、知りたいな」
「え?」
「勿論、君の……いや、何でもない」

彼は言いかけて、言葉を飲み込んだ。
ラピスが彼を不思議そうに見つめていると、彼は視線を逸らして少し頬を染めた。

「君のご両親のこと、いつか聞かせて」
「ええ」

両親や一族のことを聞かれるのには慣れている。
勿論スリザリン生は知りたがったし、一族を褒めちぎった。
"己はこれだけ名家のことを知っている"、"名家の末裔と親しい関係"そんな優越感にでも浸りたいのだろう。
しかし、ラピスは話さなかった。
彼は、セドリックは、スリザリン生と同じことを聞いた。
しかし同じ言葉であるにも関わらず、それは全く違った。
彼が、悪意や他意もなく、唯純粋に知りたがっているからだろう。
彼の誠実さを、純粋さを感じた。

話せないことはない。
話そうと思えば話せるはずだ。
しかし、私の中の臆病な心がそれを拒否する。
きっと、今は話せない。
いつか、話せる日がくるだろうか――。

「その時は、聞いてもらえるかしら」
「うん、勿論」

ラピスは微笑んだ。
その瞳がどこかいつもよりも輝いていたのは、彼の気の所為ではない。

「さ、参考書!この間の参考書はもう読んだかい?」

彼が少しどもっていたことも、ラピスの気の所為ではない。

「ええ、とても分かり易いわ」

この参考書のおかげで理解出来たこともいくつかあった。
賢い彼が薦めるものなのだから当然だろう。

「それは良かった。ああ、これもお勧めなんだ」

彼が席を立って本棚の方へ向かう。
ラピスもその後へ続いた。
彼が指したのは、薬草図鑑だった。

「魔法薬で使われる植物系材料が全て載ってるんだ」

魔法薬学が好きなラピスは興味を引かれた。
図鑑に手を伸ばした時、隣の本が目に入った。
植物図鑑だ。

「ああ、こっちは魔法薬に使わないような植物の図鑑だよ」
「……両方借りるわ」
「こっちも借りるのかい?」
「ええ」

――どうして気が付かなかったのだろう。
ラピスはセドリックと別れた後、自室に戻って植物図鑑を開いた。
色とりどりの草花。
そして、目当てのページを捲る。
科名や別名、花期、原産地、特徴。
そして一番下におまけのように書いてある、それ。
ラピスはナイトテーブルのガラスドームに目を向ける。
チューリップ。
その花言葉は――"美しい瞳"。
あのカードには、花言葉が書かれていたのだ。


28 少しだけ切ない甘さを飲みほして(それは何だったのか、)

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