賢者の石 | ナノ

▼ 28


「大丈夫?ドラコ」

談話室に入ると、パーキンソンの猫撫で声が聞こえた。
見れば、ドラコが氷袋でで目元を冷やしていて、彼女が心配そうに隣に寄り添っている。

「あのウィーズリーめ……あ、」

悪態を吐いた時、ドラコはラピスが談話室に入ってきたことに気が付いた。

「彼、ロナルド・ウィーズリーに殴られたのよ」

パーキンソンがいつもの強気な口調で言う。

「知っているわ」

ラピスは立ち止まり、素気なく答えた。
先程、ロンとハーマイオニーに森で見たことを報告しに行った。
その時にロンが話していたのだ。
彼は鼻血がまだ止まっていないらしくティッシュを鼻に詰めていて、ネビルは気を失ったままなのだとか。
勿論、原因はドラコだ。
彼がロンとネビルに喧嘩を売ったのだ。

「何よそれ、彼が怪我をさせられたのよ?!」
「ちょっとパンジー……」

グリーングラスが彼女の袖を小さく引っ張る。
ラピスは小さく溜息を吐くと、ドラコが座っているソファに歩み寄った。
先程から黙ったままのドラコは、居心地が悪そうな顔をしている。

「貴方が原因なのでしょう?」
「ちがっ……」
「ちょっと!」

ドラコは言葉に詰まり、パーキンソンは声を荒げた。

「そんなに人を罵りたいのね」

彼は黙ったままだ。
パーキンソンの憎しみを込めた視線と、談話室にいる生徒達の視線を感じる。

「それなら、私にも同じことを言えば良いわ――私には両親がいないもの」
「っ……」

ドラコは面喰らった。
まさか、彼女がここまで言うとは思っていなかったのだ。
そしてそれよりも驚いたのは、彼女の瞳の冷たさだった。
周りの生徒も驚いている。

「……言えない」

本当に小さな声で彼は言った。

「氷、溶けてるわ」

ラピスは杖を取り出して、ドラコの手中にある氷袋の氷が殆ど液体と化した水を、元の状態に戻した。
ドラコが口を開く前に、彼女は踵を返して自室へ向った。
そのまま、談話室は時が止まったかのようだった。
ドラコは彼女の魔法によって再び冷たくなった氷袋を見つめる。
彼女の群青色の瞳には、たった一瞬、間違いなくスリザリンの気質が見えた。
彼女はやはり――スリザリンなのだ。

――スネイプ教授とクィレル教授のやり取りをハリーとラピスが目撃してから、何週間かが経った。
ロンもハーマイオニーも、ラピスが漸く分かってくれたことを喜んだ。

「それじゃ"賢者の石"が安全なのは、クィレルがスネイプに抵抗している間だけということになるわ」
「それじゃ、三日と保たないな。石はすぐなくなっちまうよ」

その通りだと思った。
クィレル教授はあの様子だと、長くはもたないだろう。
しかしラピスは、クィレル教授から感じるあの妙な感覚が、どうしても引っかかっていた。
ハリーとロン、ハーマイオニーは四階の廊下を通るたびに三頭犬(フラッフィーと言うらしい)がいる部屋の扉に耳を押し付けて、フラッフィーの唸り声が聞こえるかどうか確認していた。
ラピスは【魔法薬学】のクラスでスネイプ教授と会う度に、もやもやと言いようのない感情が渦巻くのだった。
クィレル教授の表情は、ますます青白くやつれていて、ますます頼りない様子だった。
その原因がスネイプ教授なのか、何か別のことなのか――…

「君、最近いつも他事を考えている気がする」
「そんなことないわ」

彼は常時私を観察している。
最近、彼のくだらない話しに耳を傾けていることよりも考えていることの方が多いのだ。
勿論彼も気付いているだろう。
あれ以来、彼は少し大人しくなった気がする。

「何かあったのかい?」

彼は心配そうにラピスを見る。
この言葉は、この表情は、私を心配していることは本当だろうか。

「いいえ、何も」

彼を一瞥し、ラピスは素気なく答えた。

「本当に?」
「ええ」

彼は納得しきれない様子だったが、何を言っても彼女が口を割らないだろうと悟り、それ以上は追及しなかった。

「それ、なんだい?」
「学習予定表よ」

ハーマイオニーお手製の、だ。
彼女はこれをハリーとロンにも渡していた。
二人は"まだ先だ"と反論したが、彼女は聞く耳を持たなかった。

「もう勉強を始めるのかい?」
「ええ。貴方も魔法薬学以外の教科を勉強した方が良いのではなくて?」
「え?」
「スネイプ教授しか、貴方を贔屓して下さる教授はいないわよ」

図星だ。
彼は青白い顔を少し赤らめた。

「何処か行くのかい?」
「ええ」

ラピスが荷物を持って席を立ったので、彼が驚いたように聞いた。
談話室でグリーングラスとブルストロードや他の女生徒の勉強を見ていたラピスは、彼が来た時には図書館に移動しようと思っていた。

ラピスは彼女達にクリスマスにプレゼントを貰ったのだ。
勿論ラピスは用意していなかった為に断ったが、無理矢理押し付けられてしまった。
自室の前に置いてある男子生徒からのプレゼントもあり、ラピスは一人一人にお礼を言って回った。
勿論彼等が"ミリアム家の末裔と関わりを持ちたい"という理由でプレゼントを贈ったことは分かっている。
しかし、何にもぜずにはいられない。
彼女達に頼まれれば、何かない限り断る事なく引き受けてプレゼントの返礼としよう。
そう決めていた。

寮を出る理由は他にもある。
こんな不気味な地下牢に少しでもいたくないのだ。
当たり前だが、地下牢には窓もなければ外からの光もない。
図書館の窓から見える勿忘草色のブルーに澄んだ空が恋しくなった。
しかし、地下牢にも一つだけ窓があった。
それは、ラピスの部屋だ。
アルバスが魔法をかけたのだろう。
どこかの窓と繋がっているらしく、窓を開ければ空が見え、閉めていても陽の光が差し込んだ。
自室に籠っていれば問題ないのだが、そうするとグリーングラスや他の女生徒に呼ばれるのだ。
その為、ラピスはあまり寮にいることがなかった。

「ま、待って。僕も君に教えてもらいたいところがあるんだ」

彼が慌てて言って、彼女は一瞬顔を顰める。

「変身術と薬草学が分からなくて、どうしても見てほしいんだ。君達も彼女に行かれては困るだろう?」
「そうね……」

彼はラピスが勉強を見ていた女生徒達に話しを振った。
勿論彼女達は頷く。

「ほら、彼女達もそう言ってる」

彼があまりにもしつこく頼むので、彼女はとうとう折れた。

「……分かったわ」
「ありがとう!」

ラピスが着席したのを見て、ドラコは慌てて自室に勉強用具を取りに向かった。

冗談じゃない。
どうせポッター達のところへ行くつもりなんだ。
彼女とポッターの距離が、どんどん縮まっているのが分かる。
逆に、僕と彼女の距離は一向に縮まらない。
こんなことでは父上に何を言われるか分らない。
もっと、彼女との距離を縮めなくてはいけない。
でも、どうしたら――…

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