賢者の石 | ナノ

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クリスマス休暇が明けて直ぐ、セドリックとの勉強会が行われることになった。
ラピスが図書室に行くと、彼はいつもの席に座っていて、

「やぁ」
「ごきげんよう」

ラピスに気が付くと、いつものように微笑んだ。

「冬休みどうだった?」
「…有意義だったわ」
「そう」

彼は満足そうに言うと、積み上げた教科書の中から、包装された本を一冊取り上げた。

「これ、クリスマスプレゼントに贈ろうと思ってたんだ」
「そう」
「君にだよ、ラピス」

興味のない彼の話しに、短い相槌を打っただけの彼女は、自身の名前を聞いて顔を上げる。

「私に……?」
「梟が君の家を見付けられなかったらしいんだ。今までこんなことはなかったんだけれど」
「……そう」
「これ、僕が使ってた参考書。論理について分かりやすく書いてある。あ、勿論新品だよ。良かったら使って」
「…ありがとう」

彼女は戸惑いながらも、彼に差し出された本を受け取る。

「私、貴方にプレゼントを用意していないわ」
「良いよ、そんなこと。僕が好きでしたことだ」

彼女が申し訳なさそうに言うと、彼は明るく笑った。

「もし……何か用事があるのなら、漏れ鍋に送ってちょうだい」
「漏れ鍋に?」
「ええ」
「分かったよ」

彼は一瞬不思議そうな顔をしたが、直ぐに頷いた。

――「クィディッチは好きかい?」

「…そうね、どちらかと言えば」

数時間後、そろそろ図書館を出ようと片付けていると、彼が突然聞いた。

「そうか。週末の試合は観に行くの?」
「ええ」

ハリーの試合だ。
勿論観戦する。

「君はどっちを応援する?」
「グリフィンドールよ」
「即答だな」

彼はラピスの答えに苦笑した。

「友達が選手なのよ」
「ひょっとして、ハリー・ポッター?」
「ええ」
「そうか。じゃあハッフルパフは応援してくれないわけだね」
「そうね」

ハッフルパフ生である彼は、勿論自寮を応援するだろう。

「じゃあ、レイブンクローとの試合はハッフルパフを応援してくれるかい?」
「え?」
「君が応援してくれたら嬉しいんだけれど」
「……ええ、分かったわ」

彼の言いたいことが分からない。
レイブンクローもハッフルパフも、ラピスにとって差ほど変わりなく、どちらが勝とうが興味はない。
しかし、彼が応援して欲しいと言うならば断る理由もない。

「ありがとう」

彼の嬉しそうな顔に、益々不思議に思うラピス。

「じゃあまた来月に」
「――参考書、ありがとう」

彼の後姿に言うと、彼は片手を上げて応えた。

「ラピス!」

寮に戻ろうと足を踏み出した時、後ろから名前を呼ばれた。
この声は――
振り返ると、息を切らしたドラコが走って来ていた。

「誰だい?今のは」
「え?」
「だから、誰だって聞いてるんだ」

彼にしては、珍しく強い口調だった。
いつもの紳士的な微笑みもない。
恐らく、彼が言っているのはセドリックのことだろう。

「貴方に答える理由はないわ」

ラピスは冷たく言い放った。
ネビルの一件以来、彼女はドラコとまともに会話をしていなかった。

「まだ、怒ってるのかい?」
「いいえ、呆れているのよ」
「だから、あれは試したくて」
「だったら私に試せば良いわ」

彼女が立ち止まる。
ドラコは驚いて目を見開いた。

「え?」
「…試したいんでしょう?」
「あ、ああ……」

彼女の強気な口調に戸惑う。

「さぁ、どうぞ」
「いや……それは……」

彼女は抱えている教科書や筆記用具を置いて、ドラコに詰め寄る。

「っ……」

彼女に呪いをかけるだなんて、いくらなんでも出来ない。
そんなことをすれば、父上からお叱りを受けるだろう。
"試したい"だなんて大嘘だ。
馬鹿なロングボトムを虐めたかっただけ。
胸に渦巻く何かを晴らしたかっただけ。
それなのに、彼女は馬鹿なロングボトムを庇うようなことを言う。
何であんな奴――。
ドラコの顔が苦痛に歪む。

「……、」

ラピスが溜息を吐いた。

「貴方卑怯ね。そんな顔をするなんて反則よ」

苦痛に歪む彼の顔は、見ていて気持ちの良いものではない。
寧ろ、自分までも――

「もう良いわ。貴方に言っても無駄ね」

床から荷物を拾い、歩き出すラピス。

「そんな言い方ないだろう」
「だってそうでしょう」

それをドラコが追いかける。

「それで、さっきのは誰なんだい?」
「上級生よ」
「スリザリン?」
「いいえ」

彼はセドリックのネクタイを見ていなかったようだ。
ハッフルパフを"落ちこぼれの入る寮"だと馬鹿にしている彼は、セドリックのことを貶すに違いない。

「じゃあどこ?」
「さぁ、どこかしら」
「――友達……なのかい?」

ドラコの声のトーンが少し落ちる。

「友達――」

セドリックと、私が……?
否、違う。
彼とは、約束を交わした仲で、友達ではない。

「……違うわ」
「そうか…そうか!」

ラピスが否定したことで、ドラコの表情は明るくなる。
そうか、それなら良いんだ。
ロングボトムの件でいらいらした気持ちや、実家で散々彼女のことについて聞かれたことでもやもやと心に渦巻く言いようのない気持ちが、少し晴れた気がする。

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