賢者の石 | ナノ

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「聞いたかい?今度のハッフルパフとグリフィンドールの試合、スネイプ先生が審判だ!」

談話室に入ってくるなり、上機嫌のドラコが大きな声で言う。
ラピスは、ブルストロードとグリーングラスに宿題を教えていたところだった。

「本当?」
「グリフィンドールが負けるさ!」

スリザリン生が口々に言う。
スネイプ教授ならば、理不尽な理由でグリフィンドールから減点するに違いない。
しかし、スネイプ教授も一体何を考えているのだろうか。
ハリーは……大丈夫だろうか。
前回の試合のこともある。
フラメルのことも躍起になって調べているし、疲労が溜まっていることだろう。
騒ぐスリザリン生を横目に、ラピスは小さな溜息を吐いた。
早々と教科書を片付け、立ち上がる。

「ラピス?」
「ごめんなさい、続きはまた後で」

グリーングラスとブルストロードに言って、ラピスは一人で寮を出た。
図書館へ向かう途中の廊下で、見覚えのある人物が飛び跳ねているのを見付けて立ち止まる。
彼は、グリフィンドール生のネビル・ロングボトムだ。
あれは恐らく"足縛りの呪い"だろう。
両足がくっついた状態でうだぎ跳びをしながら前に進もうとする彼。
どこからあの状態なのか、かなり息が上がっている。

「あの……、」
「ぅわっ!」

ラピスの声に、彼は驚いてよろけてしまう。
すかさず彼を支えると、彼は驚いた顔をした。
ローブから杖を取り出し呪いを解く呪文を唱えた。
すると彼の両足はぱっと離れ、彼はぺたりとその場に座りこんだ。

「あ、ありがとう」
「いいえ。大丈夫?」
「う、うん……」

彼は申し訳なさそうに、少し怯えた様子でラピスを見る。
ああ、そうか。

「スリザリン生にやられたのね」
「えっ……」
「そうよね?」
「……うん」

彼は俯く。
きっと、今までにもこんなことがあったのだろう。
誰にやられたのか名前を言わないのは、口止めされているのか、庇っているのか……。

「誰?」
「え?」
「誰に呪いをかけられたの?」

彼は首を振るだけで答えようとはしない。

「庇っているの?それとも、口止めをされたの?」
「そ、そんなんじゃないよ…唯、君と同じ寮だから……」

私と呪いをかけた人物の関係が悪くなる事を、心配してくれているのだろうか。

「貴方、優しいのね」
「えっ!そ、そんなんじゃないよ……」

彼は、顔を真っ赤にして首を横に振る。
しかし彼が気を使ってくれていることで、誰が呪いをかけたのか、予想が確信へと変わった。
思わず小さな溜息を吐く。

「ドラコでしょう?」
「っ!……」

ラピスが静かに聞くと、彼は身体をびくりとさせた。

「大丈夫、見当は付いていたから」

ドラコは常々彼を馬鹿にしていたし、こんなこともドラコならばやりかねない。
どうりで上機嫌だったわけだ。
次のクィディッチの試合の審判がスネイプ教授だという事も加え、かなり気分が良いのだろう。

「マクゴナガル教授に報告した方良いわ」

ラピスの言葉に、彼は目を丸くする。

「だって、それじゃあ君の寮の点数が……」
「関係ないわ。悪いことをしたのはドラコだもの」

しかし、彼は首を横に振る。

「もう面倒はごめんだよ。それに…分かってるんだ。僕が勇気がなくてグリフィンドールに相応しくないなんて、言わなくっても分かってるよ。マルフォイの言う通りなんだ」

彼はそう言って目を伏せた。
ラピスは、そんな彼の隣に腰を下ろす。

「あのね、私…スリザリンであることを誇りに思っているわ。でも、決して良い寮だとは思っていないわ」

狡猾な者が集い、多数の闇の魔法使いを輩出している寮。
勿論、そうでない人間もいる。
しかし、とても良い寮だとは言い難い。

「帽子は、私の望んだ寮ではない寮を選んだ。でも、臆病な私はそれを拒否した。一族の、両親の出身寮に自分だけが入れないことを恐れたのよ」

初めて人に話したことだった。
偽りのない、心の隅にあった本当の気持ち。
一族の、両親の出身寮に入れないことは、この上ない恐怖だった。
アルバスは「君は自分の道を自分で選択した。これはとても大切なことじゃよ」と言ってくれたが、私の選択した理由に問題がある。
私のこの誇りは、自分自身の誇りではない。
"家柄"、"血"。
結局、私も他のスリザリン生と同じなのだ。

「帽子もそれを了承した。私には、グリフィンドールが向いていなかったからよ」

帽子は、スリザリンには向いていないと言ったが、グリフィンドールを強く勧めることもなかった。

「でも、貴方は帽子に選ばれた。グリフィンドールに、貴方は選ばれたのよ」

家柄や血にしがみ付いている私より、彼の方がずっと立派だ。
彼は、驚きながらも黙ってラピスを見つめていた。

「ドラコが何を言っても、気にすることなんてないわ。ドラコにないものを、貴方は沢山持っているもの」

ラピスの言葉に、彼は元気を取り戻したようだ。

「ありがとう。えーと……ラピス」

はにかみながらお礼を言う彼。
名前を呼ばれて、ラピスは少し驚く。

「ハリーの友達だろう?君は、ハリーの言ってた通りだった」
「え?」
「賢くて、優しくて、とても素晴らしい人だって」
「そんなんじゃ……」
「ううん、本当に君って良い人だよ」

ラピスは首を横に振るが、彼はうんうんと頷く。

「友達に……なってくれる?」
「ええ…スリザリンだけれど」
「君は他のスリザリン生とは違うよ。あーえっと、スリザリンを馬鹿にしてるわけじゃないんだ」
「分かってるわ」

彼はどこまで人が良いのだろうか。

「僕、ネビル・ロングボトム」
「ラピス・ミリアムよ」
「よろしく」

しっかりと握手をした二人は、頬笑み合った。
少し話し過ぎた気もするが、彼が元気になったのならばそれで良いと思った。
握手をした彼の手の温もりは、やはり優しかった。


26 甘やかされた温もり(分かっているのに)

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