賢者の石 | ナノ

▼ 26(3)


――新学期が始まる1一日前に、生徒達は帰ってきた。

「ラピス!」

寮に流れ込んできたズリザリン生。
ドラコは一番にラピスを見付け、駆け寄った。

「君、帰宅組じゃなかったのかい?汽車で散々探したんだ」
「一度帰宅したのだけれど、事情があって早目に戻って来たのよ」
「……そうか。そうだ…これ、プレゼント」

ドラコがポケットから小箱を出して、彼女に差し出す。

「…え?」
「だから、プレゼントさ。君宛てに送ってみたんだけど、梟が君の家を見つけられなかったらしい」
「そうだったの……」

当り前だ。
あらゆる魔法がかかっているあの家は、見つかるわけがないのだ。

「もう過ぎてしまったけど、メリークリスマス、ラピス」
「でも、私は貴方にプレゼントを用意していないわ」

まさか、彼がくれるとは思わなかったのだ。

「いいよ、そんなこと。それと……誕生日、おめでとう」

彼は頬を染めながら小さな声で言った。
どうして彼が知っているの?
ラピスは驚く。

「前に、ポッターと話しているのが聞こえて……」
「そう…ありがとう」

祝いの言葉は素直に嬉しかった。
少し微笑むと、彼は更に頬を赤くした。
半ば強引に小箱を渡され、促されて開封すると、中にはブローチが入っていた。
大きな宝石が沢山着いた、とても高価なそれ。

「こんなの貰えないわ」
「どうして?」
「とても高そうだもの」
「良いさ、それくらいのお金」

彼は平然と言った。
そうだ。
これは彼の家の、言い換えれば、彼の父親のお金で買った物だ。
それを、彼は何とも思っていない。

「気に入らなかったかい?」
「いいえ……でも…もう少しシンプルな方が……」

ドラコは一瞬眉間に皺を寄せた。
それから、直ぐにいつもの紳士的な微笑みを浮かべて言った。

「……それと、両親が君に宜しくって」
「え?」

群青色の瞳が見開かれる。
彼の両親が――。

「君のことを話したら、とても興味を持たれてね。是非会いたいと仰っていたよ」
「そう――」

きっと、このプレゼントも彼の父親からの言い付けだろう。
ブローチにローブの袖で触れてみたが、呪いはかけられていないようだ。
ラピスはペンダントをきゅっと握った。

ドラコは、彼女の反応を窺うが、彼女は無表情のままペンダントを握っていた。
父上に、こう伝えろと言いつけられたのだ。
何故か、母上が「そんなことを言って良いの?」と心配そうな顔で父上に言っていた。

――実家に帰ると、父上は一番に彼女の事を聞いた。
学校での様子、彼女の言動、成績、魔法の力。
何から何まで聞きだそうとした。
父上が一体何を知りたいのかは分からない。
母上は心配そうな顔をして、僕が何もされていないか問いただす。
「誰にですか?」と聞くと、母上は言葉を詰まらせた。
クリスマスプレゼントの件も、二人は梟が彼女の家を見つけられなかったことを、最初から分かっていたようだった。
父上は高価そうなブローチを選んで僕に送るよう命じられた。
しかし、梟がプレゼントをつけたまま戻って来ても父上はただ「学校で渡しなさい」と仰っただけで、「「家の場所はまだ問いただすな」と仰った。
"まだ"――それは、"いつか聞け"ということだろうか。
何故彼女の家を?
父上と母上は、彼女について何をご存じなのだろうか。
彼女のことを聞かれる度、僕の胸はやはり痛んだ。

――ドラコからのプレゼントを自室に置きに来ると、こつこつと窓を叩く音がした。

「アンバー?」

彼女が小包を運んで来てくれたようだ。
包みからして、ルーシーからではない。
彼女からそれを受け取り、多少警戒して小箱を開ける。

「わぁ……」

ラピスは、思わず感嘆の声を漏らした。
手の平サイズより、少し大きいガラスドーム。
その中には花が――ピンクのチューリップが咲いていた。
周りに添えられたかすみ草がチューリップのピンクを引き立て、パールやビーズがきらきらと光りを放っている。

「綺麗……」

とても綺麗だと思った。
これは造花?
否、造花でもなければ、生花でない。
ブリザーブドフラワー――枯れない花。
保存状態が良ければ十年は持つと言われているが、枯れない魔法もかかっているようで、恐らく永遠に枯れることはないだろう。

誰がこれを……?
一緒に入っていたカードを開けてみる。

《美しい瞳》

それだけ。
たったそれだけだった。
その文字は、人の手によって書かれたものではなかった。
機械的な、印刷されたかのような。
そして、何処を見ても差出人の名前がない。
またしても、宛名のないプレゼントだった。

「アンバー、これを誰から頼まれたの?」

彼女は首を傾げるだけで、強請るようにラピスの指を甘噛みした。
呪いや魔法はかかっていない。
差出人は、私の容姿を知っている?
瞳の色は書いていない。
"美しい瞳"とはどのような意味なのだろうか。
手書きでメッセージを書かないと言うことは、筆跡がばれては困るのだろう。
そして、アンバーに頼んだということは、私が彼女の飼い主だと知っているのだ。
だとしたら、この学校の誰か――。

差出人が分からないのならばしまっておこうと、ブリザーブドフラワーをトランクに入れようとした時、見覚えのある小箱が目に入った。

「これは――」

蝶々のヘアピンが入った小箱だ。
毎年送られてくる、もう一つの宛名のない贈り物。
トランクに入れた覚えはない。
――ルーシーが入れた?
彼女しかいない。
しかし何故?
誰からなのか知っているはずなのに、彼女は言わない。
それでも、贈り物を使用することを薦めるのだ。
幼い頃に送られてきた絵本は本がぼろぼろになるまで毎日読み聞かされたし、羽ペンも使えなくなるまで使うように言われた。
彼女が言わずとも勿論そうしたし、不満はなかったが、不思議だった。
ただ、このヘアピンは、ラピスはどう使用したら良いのか分からなかった。
髪の毛はいつも下ろしたまま、真っ直ぐのままで、前髪も眉毛辺りで切り揃えている。
ラピスは、それ以外の髪型をしたことがないのだ。

色々と疑念は積もるばかりだが、二つの宛名のない贈り物に、悪意が込められているとは思えなかった。
分からないけれど、私の中の何かが、そう伝えていた。
ブリザーブドフラワーはナイトテーブルに置くことにし、蝶々のヘアピンをドレッサーの引き出しにしまった。

――ハーマイオニーは、三人がフラメルについて何も見つけられなかったことを悔しがった。
正確には、ラピスは家では調べてはいなかった。
調べる前にホグワーツに戻って来てしまったからである。
図書館ではフラメルに関してロンとハーマイオニーは殆ど諦めかけていたが、ハリーは「絶対どこかでその名前を見たことがある」と言い張った。
彼は、新学期が始まると再び休み時間中必死で本を漁っていた。
クィディッチの練習も始まった為、ラピスはハリーを心配したが、彼はフラメルについて調べ続けていたようだった。

prev / next

[ back ]