賢者の石 | ナノ

▼ 23(4)


「お嬢様!!」

ルーシーはタオルと水、それからスネイプ教授の薬瓶を抱え、冷たいコンクリートの床で横たわっているラピスに駆け寄る。

「ルーシー……」

閉じていた瞳を開き、駆け寄ってきたルーシーに少し微笑むラピス。

「ご無事で何よりでございます!ルーシーは、ルーシーは!心配で心配で!もう胸が張り裂けてしまうかと思いました!」
「大袈裟ね……、大丈夫よ」

ラピスは、ぼろぼろを涙を零しながら抱き付く彼女の背中を撫でる。
もう一つの手はペンダントを握ったままだ。

「もう大丈夫だから、」

しゃくり上げるルーシーの背中を擦るラピス。
二十五日中は異状に襲われるが、二十五日が過ぎれば症状がすっかり治まり、疲労感や倦怠感は一切ない。
寧ろ、昨日よりも元気になった気さえもする。
この異状の不思議なところの一つだ。

「よく耐えたの、ラピス」
「ああ、アルバス――」

アルバスと抱き合い、目を閉じて彼の匂いを肺一杯に満たす。
毎年、いつも思う。
私が地下室から出てきた時、アルバスの様子は少しおかしい。
いつもよりも抱き締める力は強いし、心なしか少し震えている気がする。
それから――…
そっと身体を離すと、青いきらきらした、悲しみを帯びた瞳が私を見据える。
この時のアルバスは、いつも悲しげで、辛そうで。
どこか懐かしむように、私ではない誰かを見ているかのような――そんな瞳で私を見る。
何故、こんなにも悲しそうにするのだろうか。

「アルバスの言った通りだったわ」

ラピスは、ペンダントを握っている手をゆっくりと開いた。
もうラピスラズリは光っていなかった。

「お父様とお母様を感じたの。症状が、少し和らいだ気がしたわ」
「そうじゃとも」

アルバスはにっこり微笑んで頷き、彼女の頭を撫でた。

「お嬢様、お薬を」

スネイプ教授の作った薬は、不思議な味がした。
一口飲むと、頭にがぼーっとなったが、直ぐに元に戻った。

「校長、我輩は失礼させていただきます」
「忙しいところ悪かったの、セブルス」
「ありがとうございました」

スネイプ教授は返事をする事なく【姿くらまし】で消えた。

「アルバス、どうしてスネイプ教授は…此処に?」

地下室を出て階段を登りながら、ラピスが聞いた。
恐らく、彼も一日中地下室の外にいてくれたのだ。
私を見ようとしない、私を避けている彼。
それなのに――

「わしが頼んだからじゃよ」
「……そう」
「わしが頼まずとも、あやつは君の為に薬を作っていた」
「え…?」

アルバスの言葉を聞いて、思わず聞き返すラピス。
丁度リビングに着いた時だった。

「さぁ、今は真夜中じゃ。今日はゆっくりおやすみ」

彼が杖を一振りすると、汗で湿っていたラピスの身体は入浴後のように綺麗になり、着ているものも洋服からネグリジェへと変わる。

「一日遅れてしまったのう、ハッピーバースデー、ラピス」

両親を亡くして以来、ラピスは誕生日にお祝いの言葉を言われたことがない。
誕生日は一人で地下室に籠るからだ。
と言っても、お祝いの言葉を言うのはアルバスとルーシーだけだが。

「――ありがとう」

頬にキスを交わし、もう一度抱き合う。

「明日、君が目が覚める頃にまたお邪魔しよう」
「ええ、待ってるわ」

アルバスは大きな音を立てて【姿くらまし】で消えた。

「ラピスお嬢様、お誕生日おめでとうございます」
「ありがとう、ルーシー」

ラピスがルーシーの頭を撫でる。

「お腹は空いておりませんか?」
「ええ」
「左様でございますか。お嬢様がお喜びになるようなものが沢山ございます。今日はゆっくりお休みになってください」
「喜ぶ?……何かしら?」

ラピスは首を傾げたが、ルーシーは微笑むだけで教えてはくれなかった。
ラピスの寝室まで来てルーシーは彼女に向き直る。

「おやすみなさいませ、お嬢様」

ラピスがベッドに入ると、ルーシーは愛おしむように彼女の髪に触れ、額にキスを落として部屋を出て行った。
丸一日寝ていないが、特に眠気は感じない。
しかし起きていることをルーシーが許してはくれない為、毎年眠ることになっている。
今年は例年以上に辛かった。
しかし、精神的に少し楽だった。
両親が傍にいるような、二人を感じる感覚。

「お父様、お母様――」

瞼の裏の両親は、今日も優しい顔をしていた。
そして、私に言った。

「生まれてきてくれてありがとう、『ディアマンテ』」


23 息づく運命の吐息(生まれて、死んだ日)

prev / next

[ back ]