――「もう、こんな時間ね」
食事を終えて入浴を済ませ、ラピスとルーシーはお茶を飲んでお喋りの続きをしていた。
時計を見れば、二十三時前を指している。
今日時計を見るのは何度目だろう。
あと一時間もすれば日付が変わり、十二月二十五日となる。
十二月二十五日――ラピスの誕生日だ。
十二回目の誕生日。
かちり、時計が二十三時を指す。
ひやり、ラピスの背中に冷や汗が伝う。
胃が重くなり、溜息を吐くの回数が増える。
異常に喉が乾き、毛穴という毛穴から冷や汗が吹き出す。
「お嬢様……」
ラピスの小刻みに震える手に、ルーシーがそっと手を重ねる。
「……大丈夫」
ラピスの掠れた声に、ルーシーは更に眉を下げる。
決して、体調が悪いわけではない。
ラピスの身体は至って健康だ。
彼女は――怯えているのだ。
ラピスはルーシーの手を握り返す。
刻一刻と、二十四時に近付き、日付が変わろうとしている。
深呼吸をして精神を落ち着かせようとするも、胸の動悸は速くなるばかりだ。
ペンダントを握る手に最早感覚はない。
十二月二十五日、両親が殺された日。
ラピスにとって、最も悲しくて残酷で、恐ろしい日。
一年の中で一番最悪な日。
しかし、彼女が誕生日を嫌う理由はそれだけではない。
――「ラピス」
二十三時半を回った時、大きな音を立てて老人と男が二人、姿を現した。
「アルバス…と、――スネイプ教授……?」
ラピスは目の前の人物に目を丸くした。
アルバスが来るのは毎年のことだ。
しかし、何故スネイプ教授が……?
アルバスの隣で無表情に立っている彼を、ラピスはちらりと見やる。
「ラピス、そろそろ時間じゃの」
「……ええ」
ラピスは静かに頷いた。
「恐らく、去年よりも症状は増す事になるじゃろう」
アルバスの言葉に、ラピスは眉根を寄せた。
「何故?」
「君が以前よりも魔法と関わりを持つようになったからじゃ」
その答えが理解出来ず、ラピスは首を傾げる。
ルーシーを見るが、彼女は無言で首を振っただけだった。
「そこで、彼にちょいと元気の出る薬を調合してもらったのじゃよ」
スネイプ教授を目で示し、アルバスは微笑んだ。
薬を飲まなければならない程、症状は酷いものになるのだろうか。
「精神的疲労を和らげてくれる薬じゃよ」
「始まる前と後に、一瓶ずつ飲みたまえ」
ラピスはスネイプ教授が差し出した、オレンジ色の液体が入った小瓶を受け取った。
「ありがとうございます、スネイプ教授」
彼は無言で少し首を縦に振った。
言われた通り薬を飲んだが、特に変化はなかった。
「アルバス、私は魔法を使っていけないのでしょう?」
「うむ」
「でも――」
「これは特例じゃ」
「……そう」
「心配せんでも良い、退学に等ならんよ」
「ええ」
ラピスは腑に落ちない様子で頷く。
「ラピス、」
アルバスが彼女の頭を撫でる。
「アルバス…わた、し……」
「――大丈夫じゃ」
そう言って、彼女を優しく抱き締めた。
ラピスはこくりと頷き、深呼吸をしてそっと目を閉じる。
「行ってきます」
分厚く固い、コンクリートで出来た地下室の前。
日付が変わる五分前、ラピスはアルバスとルーシー、スネイプ教授に挨拶をして地下室の中に入った。
彼女が中に入ると、アルバスは毎年の如く杖を取り出し魔法をかける。
それは、補強呪文だ。
あらゆる衝撃を受けても部屋が崩壊しないように。
毎年彼女自身も魔法をかけているのだが、今年から彼女は学校以外で魔法を使用することが出来ない。
しかし彼女の力を前にして、アルバスの呪文は殆ど効果を成さないだろう。
そのことを、彼は熟知している。
「ラピス、君は一人ではない」
アルバスが呟き、ルーシーは鼻を啜った。
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