賢者の石 | ナノ

▼ 23


「ルーシー!」
「お嬢様!」

少女と妖精は、久しぶりに再会した家族をしっかりと抱き締める。
ざわ、と周りがざわめいたのを耳にして、妖精は直ぐさま少女の荷物を取り上げる。

「お嬢様、」

妖精が小さな手を少女に差し出す。
少女がその手に自身の手を重ねた刹那、ばしっと音を立てて二人は消えた。

――「元気にしていた?」

「勿論でございます!お嬢様もお元気そうで何よりでございます!」

妖精――ルーシーは興奮してぴょこぴょこと飛び跳ねるように歩く。

「ああ――家だわ」
「お帰りなさいませ、お嬢様」
「ただいま、ルーシー」

久しぶりに帰って来た家。
少女――ラピスは懐かしむように玄関を見回す。

「私達の家を、守ってくれてありがとう」

誇らしげに胸を張るルーシーに、ラピスは柔らかく微笑んだ。

二十四日、今日からホグワーツはクリスマス休暇だ。
スリザリン生は殆どが帰省したようだった。
ホグワーツに残る事になったハリーとロンに、帰省組のハーマイオニーは"ニコラス・フラメルについて調べるように"とこんこんと言っていた。
ラピスもニコラス・フラメルについて調べるふりをしていたが、本当は調べてはいなかった。
スネイプ教授がハリーの箒に呪いをかけていたことを認めてしまうような気がしたからだ。
彼の態度は確かに悪い。
しかし、アルバスは彼を信じている。
アルバスが信じているのならば、当然私も信じる。
"家にある本を調べておく"と言って、ハーマイオニーと汽車の中で別れた。
彼女をルーシーに紹介したい気持ちもあったが、余裕がなかった。
一刻も早くルーシーに会いたい、家に帰りたい。
その気持ちで一杯だったのだ。

――「ただいま帰りました。お父様、お母様」

かつて自室だった部屋の扉の前で、ラピスは静かに言った。
其処は八年前、両親が殺された場所。
あれから一度もこの部屋に入っていない。
否、入る事が出来ないのだ。
恐怖、憤怒、憎悪、悲哀、虚無。
様々な感情で混乱し、自身を押さえていられなくなるに違いない。
この感情は、恐怖に近いかもしれない。
己がどうなってしまうか分らない。
それが恐ろしいのだ。

「お嬢様、」

声に振り返ると、足元にルーシーがいた。

「今、すごくお腹が空いているの。貴女の料理を食べるのがとても待遠しかったわ」

ラピスが微笑むと、ルーシーは瞳に溜った涙を拭いこくりと頷いた。

――「美味しい」

ルーシーの手料理を久しぶりに堪能し、ラピスは満足そうだ。

「お嬢様、ホグワーツではしっかり栄養配分を考えてお食事をとられておりますか?ルーシーはお嬢様が甘い物ばかり召し上がられていないか心配でございます」
「そうね、つい甘い物ばかり食べてしまって……いつもドラコに注意をされるわ」

それを聞いて、ルーシーの肩がぴくりと動いた。

「マルフォイ家の坊ちゃまですね……?」
「――ええ」

ラピスはルーシーへの手紙に、ドラコのことを書いていなかった。
ルーシーは、アルバスからドラコのことを聞いていないようだ。

「ごめんなさい。貴女が心配すると思って手紙には書かなかったのよ」
「心配しないわけがございません!彼は、マルフォイ家の坊ちゃまは安全なのですか?」
「そうね……今のところ何もないわ」
「…そうですか」

ルーシーは複雑そうな顔をした。

「ドラコはハリーととても仲が悪いの。ドラコがちょっかいをかけてしょっちゅう喧嘩をしているわ」

クィディッチでスリザリンで負けてから、ドラコは更にハリーに意地悪をするようになった。
しかし、本当は皆分かっているのだ。
ハリーがどんなに才能があって、逞しく勇気があるかと言うことを。
箒振り落そうとしても、ハリーは最後まで箒にしがみついていた。
それを、皆はとても関心している。

「マルフォイ家の坊ちゃまはお嬢様に危害を加えるようなことはないのですか?」
「しないわ。どういうわけか……彼、私にとても優しいのよ」
「……お気を付け下さい、お嬢様」
「ええ」

ルーシーはドラコを警戒しているようだった。
それは当たり前のことだ。
かつて彼の父親は、ヴォルデモートの下部だった。
否、恐らく今でもそうだろう。
そのことを、ルーシーはよく知っている。
勿論、ラピスもドラコを信用しているわけではない。

「心配しないで、大丈夫よ。私だって馬鹿じゃないわ」
「そんな!お嬢様はとてもお利口でございます!」
「お利口ではないけれど、馬鹿でもないわ。だから、大丈夫よ」

心配そうに窺うルーシーの頭を、ラピスは優しく撫でた。
その後もホグワーツの話しに華が咲き、ルーシーは嬉しそうにラピスの話しを聞いていた。

「お嬢様、学校は楽しいですか?」
「……どうかしら」

学校は為になる。
友達も出来た。
何事もなく平和に生活出来ている。
しかし、楽しいかと聞かれれば分からない。

「そうですか……」
「でも、嫌いではないわ」
「それは良かったです」

ルーシーはにっこり笑った。

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