賢者の石 | ナノ

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試合開始の合図であるマダム・フーチの銀の笛が高らかに鳴ると、十五本の箒が空へと舞い上がる。
高く、更に高く。

「さて、クアッフルはたちまちグリフィンドールのアンジェリーナ・ジョンソンが取りました――何て素晴らしいチェイサーでしょう。その上かなり魅力的であります」
「ジョーダン!」
「失礼しました、先生」

解説は、先程ラピスと握手を交わしたリー・ジョーダンだ。
マクゴナガル教授の厳しい監視を受けながら実況放送している。
とてもグリフィンドール贔屓の解説だが彼はとても才能がある、とラピスは思った。
スネイプ教授のスリザリン贔屓に比べればなんと可愛いことか。

クィディッチは、とても危険で激しいスポーツだった。
しかし、それ故皆熱くなるのだ。
クアッフルやブラッジャーが観客席を横切り、生徒達が悲鳴を上げる。
こんな危険なスポーツにハリーは参加しているのだ。
勿論心配になったが、それよりも確信の方が強かった。
ハリーは大丈夫。
きっと、スニッチを取って無事に地上に降りて来るはずだ。

最初の得点はグリフィンドールが入れた。
スリザリン以外の観客席からは歓声が、スリザリンの観客席からは野次と溜息が上がった。
スリザリン生の態度を分かってはいたものの、ラピスは小さく溜息を吐いた。

ハリーといえば、上空ですいすい飛び回っていた。
ドラコによれば、シーカーは最も重要で花形選手だ。(勿論、ハリーのことを花形選手とは思っていない)
それ故攻撃されることが多い。
恐らく、あれは作戦だろう。
ハリーの無事を確認し、ラピスは胸を撫で下ろした。

「「やぁラピス!」」

スリザリン目掛けて飛んでいったブラッジャーを颯爽と追いかけ、双子のウィーズリー兄弟が観客席の真上を飛んで行った。
彼等の息はぴったりで、ファインプレイを繰り広げている。
二人ともとても才能ある選手だ。

「さて今度はスリザリンの攻撃です。チェイサーのピュシーはブラッジャーを二つかわし、双子のウィーズリーをかわし、チェイサーのベルをかわして、ものすごい勢いでゴ……ちょっと待ってください――あれはスニッチか?」

リーの声に観客席がざわざわとなった。
ハリーは既に見付けていたらしく、金色の光線を追って急降下している。
ラピスは双眼鏡を覗いてハリーを目で追った。
スリザリンのシーカー、テレンス・ヒッグズもスニッチを追いかける。
二人は追いつ追われつの大接戦だ。
スリザリン生が興奮して野次を飛ばしている。
ラピスは双眼鏡を握る手に力を込めた。
胸が熱くなるのを感じる。

ハリーの方がヒッグズより速かった――
一段とスピードを上げる。
そして、ハリーがスニッチに手を伸ばす――
その時、マーカス・フリントがわざとハリーを押しのけて邪魔をした。
ハリーの箒ははじき出されてコースを外れ、彼は辛うじて箒にしがみついていた。

「ざまあみろ!」
「ポッターを潰せ!」

スリザリン席から声が上がる。
ラピスの隣のドラコも、彼女がいるのを忘れて歓声を上げている。
グリフィンドール席からは怒りの声が湧き上がった。
ハーマイオニーが叫んでいるのも無理はない。
全く、本当にスリザリンは狡猾なのだ。

「えー、誰が見てもはっきりと、胸くそ悪くなるようなインチキの後……」
「ジョーダン!」

マクゴナガル教授が凄みを利かせたが、ラピスは彼の実況に心の中で賛同した。
あれだけのことをしても、フリントは何も悪いことをしたと思ってはいない。
勝つ為ならば何をしても平気なのだ。
ルールを変更すべきだ、とラピスは思った。
グリフィンドールのアリシア・スピネットがペナルティー・シュートを決めてゲームを続行し始めた時、ラピスはふと視線を止めた。
ハリーの動きがおかしいのだ。
じぐざぐとおかしな飛び方をして、まるで箒がハリーを振り落とそうとしているようだ。

「ハリー……?」

箒のコントロールを失った?
否、まさか。
ハリーに限ってそんなことはない。

ハリーの様子に気が付いた観客が、あちこちで一斉にハリーの方を指差す。
こんな時でもスリザリン生はハリーに野次を飛ばすのだから、嫌になる。
箒がぐるぐる回りはじめ、ハリーは辛うじてしがみついている。

「!!」

箒は荒々しく揺れ、遂にハリーは片手だけで箒の柄にぶら下がっている状態になった。

「ハリー!」

ラピスは思わず立ち上がった。
このままではハリーが落ちてしまう。
しかし、こんなに大勢の前で"能力に頼った魔法"は使えない。
でも、だけど――!

「ラピス」

ドラコが彼女の手首を掴んだ。

「大丈夫さ。何かあったら先生達がいる」
「何かあってからでは遅いわ」

ラピスが彼の手を振り払おうとした時、職員の観客席からざわめきが起こった。
小火か何かが起きたらしく、小さなパニックを起こしている教授達。
直ぐにハリーに視線を戻すと、彼の箒は正常に戻っていた。
再び放棄に跨ったのを見て、ラピスは安堵の溜息を吐いた。

「ほら、大丈夫だろう?」
「落ちていたかもしれないでしょう」

ラピスが次に目にしたのは、ハリーが急降下して、手で口を押さえたところだった。
それをまるで吐こうとしている──
ハリーが着地すると、金色の物がハリーの手の平の上に落ちたのが見えた。

「スニッチを取ったぞ!」

頭上高くスニッチを振りかざし、ハリーが叫んだ。
客席から大歓声が上がる。
スリザリン席からは溜息が聞こえ、ドラコは舌打ちをした。
大混乱の中で試合は終了した。

ハリーが此方を見て、にっこり笑ってスニッチを振った。
ラピスは応えるように微笑みを返す。
良かった。
ハリーがスニッチを掴み、無事に地上に降りてきた。
しかし、あれは一体何だったのだろうか。

「あいつは取ったんじゃない。飲み込んだんだ!」

二十分経ってもフリントはまだわめいていたが、結果は変わらなかった。
ハリーはルールを破ってはいない。
リーは大喜びで、まだ試合結果を叫び続けていた。

「グリフィンドール、一七○対六十で勝ちました!」

自寮は負けてしまったが、ハリーがチームメイトや観客に手を振る姿を見て、とても誇らしい気持ちになった。
まるで金色のスニッチのように、彼はとても輝いていた。

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