賢者の石 | ナノ

▼ 22


「――高い」

空を見上げて、ラピスはぽつりと呟いた。

十一時には学校中がクィディッチ競技場の観客席に詰めかけていた。
双眼鏡を持っている生徒も沢山いる。
観客席は空中高くに設けられていたが、それでも試合の動きが見にくいこともあった。

「高い所は苦手?」
「いいえ、――とても好きよ」
「っ……、」

空を見上げて応える彼女を見て、彼女の言葉を聞いて、ドラコは一人頬を染める。
彼女の口から"好き"と言う言葉を聞いたのは初めてだ。
しかし言葉とは反対に、空を見つめる彼女の群青色の瞳は悲しげだ。

「空は……?」
「好きよ、とっても」

空が好きだ。
いつも、どんな時も私を見ていてくれる。
幼い頃、本で読んだ。
"死者の魂は空へ昇る"
勿論、子供の本だと分かっている。
けれど、なんとなく、いつも自身を見てくれている空が、両親と重なった。
気休めでも良い。
それでも、傍にいるのだと感じたかった。
ラピスはペンダントをきゅっと握った。

「――ほら、これ」
「え?」

ドラコがラピスに双眼鏡を差し出した。

「君の分だ。良かったら使って」
「ありがとう」

彼女がお礼を言って受け取ると、彼は再度頬を染めた。

「いっ、良いかい、あそこのゴールにチェイサーがクアッフルを入れると」
「十点でしょう?そしてキーパーは自チームのゴールを守る」
「……ああ。それでビーターは」
「自チームの選手をブラッジャーから守り、敵チームの陣地や選手へ打ち返す。シーカーはスニッチを捕まえる。点差が一五○点未満であればスニッチを捕まえたチームが勝つ。でしょう?」
「……その通りだよ」

ドラコはもう一度説明しようと口を開いたが、殆ど彼女に言われてしまった。
一度聞いただけなのに、彼女はしっかりと理解している。

ラピスは双眼鏡で辺りを見回してみる。
グリフィンドール席を見ると、大きな旗が目に入った。
"ポッターを大統領に"
迫力あるグリフィンドール寮のシンボルと、きらきら光る文字がとても素敵だ。
きっと、ハーマイオニーやロンが作ったに違いない。
あれを見たらハリーも喜ぶだろう。

「出てきたぞ!」

スリザリン生の誰かが叫んだ。
自寮のチームがグランドに登場し、スリザリン席は大いに盛り上がる。
ドラコも声を上げて手を叩いている。
続いて、グリフィンドール・チームがグランドに登場した。
スリザリン席はブーイングの嵐だ。
ラピスはそれに耳を貸す事なくハリーを探す。

ハリーは、フレッドとジョージの後から出てきた。
フレッドとジョージは直ぐにラピスを見付け、大きく手を振る。
グリフィンドール生がスリザリン生に手を振るなんて、とんでもない事だ。
二つの寮生の視線が彼女に集まる。
彼女は手を振られた事に一瞬驚いたが、双子に小さく手を振り返した。

とても騒々しく、ロンとはまた違う性格の双子は、温かい人達だった。
見られることに慣れてしまって、彼等に見られていたことに気が付かなかった。

双子と彼女のやり取りを見て隣のドラコが小さく舌打ちをする。
直ぐにハリーもラピスに気が付き、遠慮がちに手を振った。
ハリーの強張っていた表情が少し和らいだ気がして、ラピスは少し安堵する。

「頑張って」

此処からでは聞こえるはずがない。
ラピスは小さな声で言った。
するとハリーがこくりと頷く。
伝わった。
――嬉しい。
彼女は一人頬を緩めた。

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