ラピスがスリザリンのテーブルに戻ると、彼は何事もなかったかのように彼女を迎えた。
「食欲は湧いたかい?ほら、甘い物でも良いから取り合えず食べて。何が良い?」
「ドラコ、」
「早くしないと時間がない。フルーツで良いかい?」
「――ドラコ、」
彼は動揺していた。
いつもより饒舌になり、ラピスが話す隙も与えない程。
そして、彼女を直視しようとはしなかった。
彼女が何を言うのか分からなくて、怖かったのだ。
楽しかったのか、上気して少し頬を染めた彼女を見るのが辛かった。
彼女が声を出して笑う様子を見て、ドラコは自身も驚くほどショックを受けた。
何故だろう。
彼女の特別が、僕でないといけないから?
父上に言いつけられたから?
それだけの理由――?
「ドラコ、」
「……何だい?」
「貴方、さっき……どうしてあんな顔をしていたの?」
「あんな顔?」
「分からないの?」
ドラコは本当に分からないようで、眉を寄せるだけだった。
「貴方のあんな顔見ると……胸が、痛むの」
「え……?」
ラピスの方を向いて見て目を見開くドラコ。
「どうしてかしら――」
ラピス自身もよく分らない。
でも、彼にあんな顔をして欲しくないと思った。
「――観客席に行こう」
「え?」
「早く食べて、一番前で観戦しよう」
彼女が自分を気にかけてくれている。
それだけで、胸が一杯になる。
さっきのことはまだ心に引っ掛かっているけれど、不安定だった心が次第に穏やかになっていくのが分かる。
どうしてこんな気持ちになるのだろう。
「ラピス、クィディッチを観戦するのは初めてだろう?」
「ええ」
「じゃあ観る前に僕が教えてあげるよ」
ラピスは急いでフルーツを食べ、ドラコと共に席を立った。
クィディッチには興味がないが、ハリーが選手となれば話しは別だ。
自然と足が速まる。
「心配しなくてもスリザリンの圧勝さ」
数歩先を行くラピスに、ドラコが声をかける。
「そうかしら。と言うより、心配なんてしていないわ。ハリーはスニッチを掴むもの」
ラピスの言葉に、ドラコは顔を顰める。
「君はグリフィンドールを応援するつもりなのかい?」
「まさか」
言って、ラピスは足を止めた。
「勿論スリザリンを応援するわ。だって、」
彼女がくるりと振り返り、ローブがふわりと広がって、裏地の緑色が見た。
そして、にっこり笑う。
「私は、スリザリンだもの」
いつもよりも、ずっと綺麗で無邪気な笑み。
――ああ、そうか。
ショックだったのは、彼女が笑ったことに対してなんかじゃない。
勿論、彼女が笑ったことには驚いた。
でも、何がこんなにもショックだったのか、いまいち分らなかった。
それが今、はっきりした。
彼女の笑顔が、僕に向けられていなかったこと。
それがどうしてか、とてもショックだった。
え?どうして分かったのかって?
だって、彼女が僕に笑ってくれるだけでこんなにも――嬉しいんだ。
21 名もない感情(この感情は何――?)
prev / next
[ back ]