賢者の石 | ナノ

▼ 20


――どうしよう。
グリフィンドール生に囲まれているハリーを、ラピスはスリザリンのテーブルから見つめていた。

ハリーが着ているのは、真紅と黄金のクィディッチのユニフォーム。
今日は、彼の記念すべきデビュー戦なのだ。
彼は浮かない顔をして、ロンやハーマイオニーが話しかけても覇気のない様子で受け答えしている。
そうなって当たり前だ。
彼は史上初の最年少シーカーで、チームメイトに大きな期待を寄せられている。
擦れ違うグリフィンドール生はハリーに声をかけ、ハッフルパフ生とレイブンクロー生までもがハリーに声援を投げかける。
一方、緑色と銀色のユニフォームを着たスリザリンの選手達はハリーを見て悪態を吐いている。
今日の試合はグリフィンドール対スリザリンだ。
ハッフルパフ生とレイブンクロー生がグリフィンドールを応援しているのは、スリザリンが嫌われているからだ。
ハリーはきっと、自寮と他二寮からの期待とスリザリン生からの冷やかしに押し潰されそうなのだ。

大丈夫だろうか……。
ハリーが心配だ。
クィディッチは観たことがないが、彼の話しからすれば危険なスポーツだ。
ラピスはハリーに声をかけようとしたが、グリフィンドール生に囲まれている彼に近付くことは出来なかった。

「ラピス、食べないのかい?」

隣のドラコが尋ねる。
ハリーのデビュー戦の今日、彼は勿論機嫌が悪い。
ラピスの視線の先にいるのがハリーだと気付いていて、穏やかな口調とは裏腹に眉間には皺が寄っている。

「食欲がないの」
「駄目だよ、少しは食べないと」

ドラコはそう言うが、ラピスはハリーが気になって仕方がない。
ラピスの為によそったスクランブルエッグにクラッブが手を伸ばして、ドラコはばしりとその手を叩いた。

先程からハリーも何も口にしていない。
こんなことでは試合で力を出せないし、怪我をしてしまうかもしれない。
ラピスはとうとう席を立った。
しかし、それをドラコが止める。

「ラピス、食事中だろう?」

そう言う彼の手は、しっかりとラピスのローブの裾が握られている。

「いらないわ」
「食べなくちゃ駄目だ」

彼は首を横に振る。

「……ドラコ、」
「ん?」
「此処、ケチャップが付いているわ」

ラピスがつん、と自分の頬を指す。

「えっ?!」

途端にドラコは頬を染め、慌ててナプキンで頬をごしごし擦る。
恥ずかしい!
頬にケチャップなんて!
しかも、彼女の前で!

「……ドラコ」
「何だ、今それどころじゃないんだ」
「違う、」

ゴイルが指す先を見れば、先程まで隣にいてローブを握っていたラピスが、黒髪を揺らして早足で歩いていた。

「……しまった」

はっとしてナプキンを見るが、ケチャップはついていない。
彼女に嵌められたのだ。
ドラコは舌打ちをして、拳を握り締めた。

――「あ……ハリー、」
「ラピス!」

グリフィンドール生に注目されて居心地の悪さを感じながら、ラピスが小さな声でハリーを呼んだ。
その手はしっかとペンダントを握っている。
ハーマイオニーがラピスの手を引いて、テーブルに近付ける。

「ごきげんよう」
「ラピス……」

ハリーは、彼女が自ら自身のところに来たことに驚いている。

「ハリー、しっかり食べて。食欲が湧かないのは分かるけれど」
「うん……頑張って食べるよ」

ハリーは少し表情を緩め、サンドウィッチを手に取った。

「それとハリー…、試合、頑張って。応援してるわ」

優しく、綺麗に、ラピスは微笑んだ。

「うん、うん!頑張るよ」

ハリーは最悪な気分から一転、嬉しさで一杯になる。
しっかり頷いてみせると、ラピスが小さく安堵の溜息を吐いた。

「これがあるから、きっと大丈夫」

ハリーは袖を少し捲り、緑色のブレスレットを見せた。
それは、ラピスが彼の誕生日に贈ったものだった。
ハリーがにっこり笑うと、ラピスは小さく頷いた。
そんな二人を見て、ロンとハーマイオニーは顔を見合わせて微笑んだ。

「おーこれはこれは!」
「ミリアム家の御令嬢!」

後ろから聞こえた陽気な声に四人が振り返ると、ユニフォームを着たウィーズリーの双子が立っていた。
ロンの兄だ。

「うーん、やっぱり美人さんだ」
「そうさ相棒!僕等の目に狂いはない!」

双子はラピスの肩をぽんぽん叩く。
当の本人は驚きのあまり言葉が出ずにいる。

「フレッド、ジョージ。ラピスは人見知りなんだ。だからあんまり……」

ロンが気まずそうに言う。

「おっとこれは失礼!自己紹介がまだだった。僕はフレッド」
「僕はジョージ」
「「見ての通り双子さ!」」

交互に話す双子を見てラピスは目をぱちくりさせる。
こんな出会いは初めてだ。
どきどくと心臓が煩く、言いようのない不安に駆られる。

――「大丈夫だよ」

ふと、先日のセドリックの言葉を思い出す。

「そんなに考えすぎなくても、心配しなくても、君は大丈夫だよ」

大丈夫、きっと大丈夫。
ラピスはペンダントをもう一度きゅっと強く握り直す。

「――ラピス・ミリアムです」
「勿論、存じていますとも!」
「スリザリンらしくない」
「スリザリン生!」
「思った通り」
「スリザリン生らしくない!」

息ぴったりに話す双子。
ラピスは思わず頬を緩めた。

「……そうでしょうか」
「そうとも!」
「君はあんな奴等とは違う」
「今、そう確信した!」

"スリザリンらしくないスリザリン生"
先日、パーバティとラベンダーにも言われたことだ。
確かに自分は周りのスリザリン生とは考え方が違うが……。
他人が言うのだから余程なのだろう。

「ラピス、平気?」

双子の勢いに圧倒されている彼女をハリーが窺う。

「ええ、大丈夫」
「ロンが自慢してた、ミリアム家の御令嬢と友達になったって」
「そ、そういうつもりで言ったんじゃないんだよ!」

フレッドの言葉にロンが慌てて弁解をする。

「良いのよ、ロン」

ラピスが微笑むと、ロンの頬がうっすらと染まった。

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