賢者の石 | ナノ

▼ 18(2)


彼女は――なんとも不思議だ。

無口で、無表情で、無関心で、冷めていて。
だけど、どこか寂しそうで。
華奢な身体と空虚を感じさせる瞳の所為か、どこか儚げで。
そして彼女は――神秘的だ。
時折、そう思うことがある。
教授達のどんな質問にも答えてしまうことだとか、初めてだとは思えないくらい箒に上手に乗れることだとか、そんなことじゃない。
例えば窓の外に見える何処までも続く空を見つめている時だとか、天文学の授業で夜空に輝く星に思わず手を伸ばしている時だとか。
何か、僕達とは別の物をあの群青色の瞳に映しているような気がして。
まるで彼女は、どこか違う世界からやってきたのではないか、なんて馬鹿なことを考える。
何と表現したら良いか分からないけれど、兎に角、彼女は不思議な人なのだ。

先日、彼女はポッターを"友達"だと言った。
それを聞いた時、僕の中で何か重く黒い感情が暴れ出した。
彼女が、ポッターと、"友達"?
どうして――、
ポッターは名ばかりの有名人だ。
どいつもこいつも馬鹿みたいに奴を見て目を輝かせる。
しかし、彼女は別だ。
彼女は特別他人に興味を示すことはない。
ズリザリン生が必死に彼女に取り入ろうと話しかけても、彼女は常にクールに振舞っている。
彼女がポッターといつ親しくなったのかは知らないが、ポッターは彼女を見る度嬉しそうな顔をするし、彼女も表情を和らげる。
それだけじゃない。
彼女は、ポッターにとても優しく、綺麗に微笑む。
どうしてポッターなんかに。
ポッターと話しているだけでも気に食わないと言うのに、微笑むだなんてとんでもない。
彼女は、僕にあんな顔をしない。
微笑むことはある。
でも、ポッターの時とは違う。
何が違うって言うんだ?
僕は彼女にとても優しくしているし、常に気をかけて彼女をサポートしている。
それなのに、それなのにどうして――。

彼女の機嫌を損ねないよう、言葉を選んで聞けば、ポッターは彼女に初めて出来た友達なのだそうだ。
"初めての友達"
それは、彼女にとってとても特別な存在のようだった。
唯でさえポッターは憎い奴だと言うのに、それを聞いて更に憎くなったのは言うまでもない。
彼女の"特別"は僕がなるべきもので、ポッターなんかに渡すものじゃない。
僕は、彼女の特別にならなければいけないんだ。
僕には、父上からの言い付けがあるのだから。

――「ラピス、さきから甘いものばかり食べすぎだよ。ほら、ちゃんと肉や野菜もとらないと」

ラピスは、先程からトライフルや糖蜜パイばかり食べている。
ドラコは皿に牛肉の煮込みとヨークシャープディングを盛りつけると彼女の前に置いた。

「君は偏食が多いよ。最近は甘いものばかりだ。そんなことをしていたら身体に良くない」

ラピスはとても華奢で小食だ。
それなのに、甘いものだけは見ているドラコの方が気分が悪くなる程食べる。
今度はサラダをたっぷり盛り付けた皿を彼女の前に置いた。

「こんなに食べられないわ」
「……あ、ごめん。つい取り過ぎたよ。僕が半分食べるから」

ドラコは自分の皿にラピスの皿の料理を半分移す。

「ありがとう」

あまり自分から話す事のないラピスだが、とても礼儀正しい。
両親はいない彼女は一体誰に育てられたのだろうか。
父上によれば、ダンブルドアが親代わりらしいが彼女は別の場所に住んでいて、その住居は分からないそうだ。
毎日のように小包や手紙が送られてくるのを見ると、彼女と暮していた別の保護者がいるのかもしれない。
そう思考を巡らせながら肉を切っていると、視線を感じた。
顔を上げるが、ラピスはサラダに視線を落としている。
僕が数秒毎に彼女を見ていることを、恐らく彼女は気付いている。
彼女は聡いし、鋭い。

「ラピス、変身術の宿題やったかい?」
「ええ」
「あれ、少し難しかった。後で見て欲しいんだ」
「私で良ければ」
「助かっ――……」

にこやかに話していると、大広間にポッターにウィーズリー、グレンジャーが入って来たところだった。
まったく朝から気分が悪い。
ハロウィーンパーティーに何故か来なかった彼女は、翌日から益々あの三人組と親しくなったような気がする。(彼女から何かアクションを起こしたのは見たことはないが)

「ドラコ?」
「あ、ああ……」

ラピスに声をかけられて我に返る。
気を取り直して先程の話しの続きを始めた。

「助かるよ、君は本当に優秀だ」
「――本当に、そう思っている?」
「え?」
「本当――?」

にこやかな微笑みと共に褒めれば、ラピスが肉を切りながら抑揚のない声で聞く。
ドラコは思わずフォークを手から離した。
彼女を優秀だと思っているのは本当だ。
嘘は言っていない。
しかし、彼女に対する言動が全て真実(ほんとう)かと聞かれれば違う。
彼女の質問は、唯今の発言だけに対するものではない気がした。
どうする、何と言えば良い……?
ドラコは冷や汗が吹き出すのを感じた。

「どうしてそんなことを聞くの?」
「……なんとなくよ」

彼女は素気なく答えた。

「勿論思っているさ。君が優秀じゃないって言うのなら、誰が優秀だって言うんだい?」

言った後、直ぐに後悔した。

「そうね、ハーマイオニー・グレンジャーかしら」

顔を上げてラピスが言う。
やっぱり、まただ。
その名前を聞いて、自然とドラコの眉間に皺が寄る。
最近、こんなやりとりが多い。
僕の質問も質問かもしれないが、彼女の答えは僕を不機嫌にさせるようなものばかりだ。
もしかして――、わざと言っている?
そんな思考に辿りつき彼女を見れば、無表情のまま僕を見つめていた。
最近、彼女は僕やスリザリン生と接することに漸く慣れてきたようだ。(目はあまり合わそうとしないが)
無表情の彼女だったが、僕を見つめる群青色の瞳はどこか楽しそうだ。
何だ――?

「君、最近わざと僕にそういった返答をしていない?」
「本当のことだもの。わざとも何もないわ」

そう言われてしまえば何も言えない。
あのでしゃばりのグレンジャーが成績が良いのは、認めたくはないが本当だ。
彼女の答えはきちんと的を得ている。

その時、大広間に梟がなだれ込んで来た。
お昼の梟便だ。
一匹のワシミミズクが、ドラコのもとに封筒を落として行った。
マルフォイ家の梟だ。
ワシミミズクが運んできたのは、蛇の紋章とマルフォイ家の紋章が描かれた黒い封筒。

――父上からの手紙だ。
ドラコは封筒をしっかりと握り、ラピスに「先に戻る」と言って席を立ち、足早に広間の出口へ向かった。

封筒を握る手が汗ばむ。
この封筒が届く時、それから彼女の様子を報告する手紙を父上に書く時、僕の胸が痛むのは何故だろう。
手紙を開封する気にならず、何十分も手紙を見つめたままでいる時もある。
羽ペンを握る気にならず、文字を書く気にもなれず、一文を書くのにものすごく時間がかかる時もある。
何故かは分からない。
唯、胸が痛む度に、ラピスと初めて会った時に見た、彼女の微笑みが頭に浮かぶ。

ふと視線を感じてドラコが振り返ると、ラピスが此方を見ていた。
どういった顔をすれば良いか分らず、小さく、曖昧に微笑んでみる。
すると彼女は、僕がしたように曖昧に微笑んだ。
彼女の群青色の瞳が、不安に揺れているような気がした。
彼女は、何か気付いているのかもしれない。
何故彼女はあんなふうに曖昧に微笑んだのか。
空虚を感じさせる群青色の彼女の瞳は、時折こうして感情に染まる。

彼女は、何を考えている?
何を思って僕と接している?
君は――何を思っているの? 


18 彼と彼女の真相心裏(あなたの心が分からない)

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