賢者の石 | ナノ

▼ 17(4)


その時、ドアが開く音と共にハリーの声が聞こえた。
ラピスが顔を上げると、入り口にハリーとロンが青ざめた表情で立っていた。

「ハリー!」

二人はラピスを見て目を丸くした。
トロールはラピスとハーマイオニーに向かってくる。

「こっちに引きつけろ!」

ハリーは無我夢中で言って、ロンが蛇口を拾って力一杯壁に投げつけた。
トロールはラピスとハーマイオニーの一メートル手前で立ち止まると、今度はハリーに向きを変え、ハリーに棍棒を振り上げて近付いてきた。

「やーい、ウスノロ!」

ロンが反対側から叫んで、金属パイプを投げつけた。
トロールは醜い鼻面を今度はロンに向けた。

「早く、走れ、走るんだ!」

ハリーがラピスとハーマイオニーに叫び、ラピスがハーマイオニーを扉の方に引っ張ろうとしたが、ハーマイオニーは恐怖で口を開けたまま動けないでいた。
叫び声がトロールを逆上させてしまったようで、再び唸り声を上げて一番近くにいたもはや逃げ場のないロンの方に向かってきた。
その時、ハリーが信じられない行動に出た。
後ろからトロールに飛び付き、腕をトロールの首根っこに巻きつけた。
トロールが苦痛の声を上げる。
ハリーが飛びついた時、杖は持ったままだった。
杖がトロールの鼻の穴を突き上げたのだ。
痛みに唸り声を上げながら、トロールは棍棒を振り回したが、ハリーは渾身の力でぴったりとしがみついていた。
トロールはハリーを振り払おうともがき、棍棒は何度もハリーに当たりそうになる。

「ハリー!」

ラピスが叫ぶ。
このままではハリーに棍棒が当たってしまう。
どうしよう、どうすれば……!
この時のラピスの頭の中に、ポケットの杖を使うと言う考えはなかった。
此処で使えば三人にばれてしまう。
先程はハーマイオニーを抱き締めていた為彼女の視界には入らなかったが、今度はそうはいかない。
ハリーを守る為ならば、アルバスは許してくれるだろうか。
否、例えアルバスが許してくれないとしても――、

トロールが振り回した棍棒がハリー目がけて一直線に飛んでくる。
ハーマイオニーとロンは悲鳴を上げた。
もう駄目だ!
ハリーは思い、目を瞑った。
が、いつまでたっても衝撃はやってこない。
ハリーが恐る恐る目を開けると、棍棒は自分の十センチ手前で止まっている。
まるで何か壁のようなものがあるかのように、棍棒はそれに遮られている。
何だ……?
それは、ラピスが作り出した魔法の盾だった。
ハーマイオニーもロンも一瞬きょとんとしたが、ハーマイオニーは声を上げる。

「ロン、杖よ!」

ロンは頷いて自分の杖を取り出し、最初に頭に浮かんだ呪文を唱えた。

「ウィンガーディアム・レヴィオーサ!」

すると、突然棍棒がトロールの手から飛び出し、空中を高く高く上がって、ゆっくり一回転してからぼくっという嫌な音を立ててトロールの頭の上に落ちた。
トロールはふらふらしたかと思うと、どさっと音を立ててその場にうつ伏せに伸びてしまった。

ロンはまだ杖を振り上げたまま突っ立って入る。
自分のしたことが信じられないようだ。
ハリーは、驚いた顔のままで、ハーマイオニーは安堵の溜息を吐いた。

ばたばたと足音が聞こえて、マクゴナガル教授が飛び込んで来た。
そのすぐ後にスネイプ教授、最後にクィレル教授が入って来た。
マクゴナガル教授とスネイプ教授は、ラピスを見るなり目を見開いた。
クィレル教授は、トロールを見るなり胸を押さえて座り込んでしまった。

「一体全体あなた方はどういうつもりなんですか」

マクゴナガル教授は冷静で怒りに満ちた声で聞いた。

「殺されなかったのは運が良かった。寮にいるべきあなた方がどうして此処にいるんですか?」

スネイプ教授がハリーを鋭く睨んで、ハリーは俯いた。

「マクゴナガル先生。聞いてください――三人とも私を探しに来たんです」
「ミス・グレンジャー!」

マクゴナガル教授が驚きの声を上げた。

「私がトロールを探しに来たんです。私…私一人でやっつけられると思いました――あの、本を読んでトロールについてはいろんなことを知ってたので」

ラピスが口を開いたが、ハーマイオニーは彼女の手をきゅっと握った。
ロンは杖を落とし、ハリーも口をあんぐり空けている。

「もし三人が見つけてくれなかったら、私、今頃死んでました」
「まさか――、」

マクゴナガル教授は青ざめた表情でラピスを見た。
まさか、貴女がやったの?
マクゴナガル教授の表情は、そう言っている。

「ハリーは杖をトロールの鼻に刺し込んでくれ、ロンはトロールの棍棒でノックアウトしてくれ、ラピスは私を守ってくれました。ラピスが止めてくれたのに、私が言う事を聞かなかったんです。三人とも誰かを呼びに行く時間がなくて…ハリーとロンが来てくれた時は、私、もう殺される寸前で……」

ハリーもロンも、その通りです、という顔を装った。
マクゴナガル教授はハリーとロンを見た後ラピスに視線を移した。
信じられなかった。
真面目で、規則を絶対厳守するハーマイオニーが、規則を破ったふりをしている。
ラピスは頷くことを躊躇った。
しかし、頷かなくては彼女の嘘が台無しになってしまう。
やがてラピスがこくりと小さく俯くと、マクゴナガル教授も納得したようだった。

「まぁ、そういうことでしたら……ミス・グレンジャー、なんと愚かしいことを。たった1人で野生のトロールを捕まえようなんて、そんなことをどうして考えたのですか?」

ハーマイオニーは項垂れた。

「ミス・グレンジャー、グリフィンドールから五点減点です。貴女には失望しました。怪我がないならグリフィンドール塔に帰った方が良いでしょう。生徒達が、さっき中断したパーティーの続きを寮でやっています」

ハーマイオニーは肩を落として帰って行った。
マクゴナガル教授は今度はハリー、ロン、ラピスに向き直った。

「先程も言いましたが、あなた達は運が良かった。でも、大人の野生トロールと対決出来る一年生はそうざらにいません。一人五点ずつあげましょう。ダンブルドア先生にご報告しておきます。帰ってよろしい」

そう言われ、四人はトイレの出口に向かう。

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