賢者の石 | ナノ

▼ 17(2)


早いもので、気付けば入学してから二か月が経とうとしていた。
スリザリン生達は相変わらずで、ドラコも相変わらずだ。
ハリーはクィディッチの練習でくたくたになっている。
それでもやはり楽しいようで、練習の内容やクィディッチの話しを目を輝かせてラピスに聞かせた。
他にも授業の話しをしたり、ハリーはラピスに宿題を聞いたりした。
ハリーとロンはとても仲が良く、いつも二人一緒だ。
其処にハーマイオニーの姿はなく、どうやら二人は彼女が苦手なようだった。
確かに真面目で規則を絶対厳守する彼女と、好奇心旺盛で少々無鉄砲な二人は、なかなかそりが合わないかもしれない。
しかしそれは三人の問題であって、ラピスはハーマイオニーと授業で会えば言葉を交わし、本の貸し借りをしていた。
ドラコは彼女を見てあからさまに嫌な態度をとったが、罵ったり嫌味を言ったりすることはなかった。
ハーマイオニーもハリーとロンには腹を立てているようで、何かとぶつぶつ言っていたが、ラピスにはそれが心配の照れ隠しに思えるのだった。
きっと彼女は感情表現が上手く出来ないだけで、心の中では二人の身を案じているのだ。
感情表現が苦手、だなんて私の言えることではないのだけれど。

ある朝起床すれば、パンプキンパイの匂いが鼻をくすぐった。
そうか、今日はハロウィーンだ。
毎年ルーシーがパンプキンパイを作ってくれていたことを思い出す。

クラッブとゴイルはハロウィーンのご馳走が楽しみで仕方がないようで、ドラコを待たずに大広間に行ってしまった。
夜のパーティーがメインだが、朝食もそれなりのものが出るらしい。
ドラコは文句を言っていたが、談話室にラピスの姿を見付けると直ぐに機嫌が良くなった。
パンプキンパイを嬉しそうに頬張っている様子を見ると、文句を言いながらも彼も楽しみにしていたらしい。
ルーシーは、ラピスとハリーにパンプキンパイとその時の気分によって味と色の変わるキャンディーを送ってくれた。

――魔法史の授業を終え、ドラコを含めたスリザリン生達と寮へ帰る道を歩いていた時だった。
見覚えのある、豊かな栗色の髪が此方に向かってくる。
下を向いている為顔が見えないが、恐らく彼女だ。
いつも以上に早足で、しかしそれは何処か頼りない。
恐らく彼女だ。
でも、もし違ったら……?
ラピスが声をかけるか否か迷っていると、とん、と擦れ違う彼女と肩がぶつかった。
しかし彼女は下を向いたまま、立ち止まることなく歩みを進める。

「おい、謝れよ」

それに気付いたドラコがラピスにぶつかった少女に声をかける。
他のスリザリン生達も怪訝そうに少女を見るが、少女は早足のままどんどん遠くなっていく。

「ドラコ、先に行っていて」

少女を追いかけようとするドラコを、ラピスが制した。

「この後はハロウィーンパーティーだよ?」
「ええ、知っているわ。私のことは構わず先に行っていて」

でも、とドラコが口を開いた時、ラピスはもう足を踏み出していた。

あれは、あの時微かに聞こえた嗚咽は、彼女の声だった。
彼女は泣いていた。
震える肩を嗚咽で、そう確信した。
何故泣いていたのだろう?

姿を見失ってしまった彼女を探して教室を見回っていると、少し先から二人の女生徒が歩いて来るのが見えた。
真紅と黄金のネクタイ。
グリフィンドール生だ。
綺麗な顔立ちのインド人系の生徒と、少しふっくらした可愛らしい白人の生徒。
インド人系の生徒は、ロングボトムの思い出し玉を奪ったドラコに突っ掛った子だ。

「あの…、」

ラピスは意を決したように彼女達に声をかけた。

「貴女、スリザリンの…、」
「ラピス・ミリアムよ。あの、ハーマイオニーが何処に行ったかを知っていて?」

名乗らずとも彼女達は知っているだろうけれど、礼儀としてラピスは名乗った。
彼女達は顔を見合わせる。

「あの子、トイレに閉じこもって出て来ないのよ」

少しふっくらした彼女が、困ったように肩を竦める。

「泣いているんだと思うけれど……一人にして欲しいって」

綺麗な顔立ちの彼女が言う。

「どうもありがとう」
「あ、待って!」

二人にお礼を言って踵を返すと、呼び止められてラピスは振り返った。

「ねぇ、またお話ししましょう?」
「え?」

綺麗な顔立ちの彼女の言葉に、ラピスは少し目を見開く。

「貴女、噂通りスリザリンっぽくないのね」

スリザリンっぽくない?
今度は少しふっくらした彼女の言葉に首を傾げる。

「私、ラベンダー・ブラウン」
「パーバティ・パチルよ」

どこかで聞いたことがあると思えば、彼女達はハーマイオニーのルームメイトだ。
にっこり笑う彼女達はとても可愛いと思った。
ラピスは微笑んで握手を交わし、もう一度彼女達にお礼を言うと、女子トイレへ急いだ。

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