賢者の石 | ナノ

▼ 16


どうしたものか……。
ラピスは、ぎっしりと本が詰まった本棚を前に、考えていた。

大広間には向かわず、図書室へやって来たラピス。
勿論、ミリアム家について調べようと思って来たのだ。
ラピスの目に止まった本は、どれも一番上の棚にある。
下の棚の本は既に読破済みだ。
しかし、周りを見回しても梯子は見当たらない。
そこでラピスは、魔法を使って本を呼びよせようと考えた。
杖を取ろうとローブを探る――が、常に刺さっているポケットに杖の姿はなかった。
寮の自室に忘れてきたのだ。
授業がない為、杖がポケットにあることを確認することなく自室を出てきてしまったらしい。
これでは魔法は使えない。
ラピスは小さく溜息を吐いた。

「……誰もいない」

ラピスの呟きは静寂に消えた。
今、図書室に人気がないのだ。
夕食の時間の為、殆どの生徒は大広間で夕食をとっている。
本棚の影から図書室を見回してみるが、受付のマダム・ピンスの姿しかない。
マダム・ピンスの位置から此方は見えない。
今、ラピスの姿を見ている者はいないのだ。
これなら"能力に頼った魔法"を使っても問題はないだろう。
ラピスはもう一度周りを見回し、そっと、尚且つ強く念じた。
すると、本棚の本達が吸い込まれるように飛び出し、机の上に背表紙を揃えて行儀良く並んだ。

「――すごい」
「!!」

突然聞こえた呟きに、ラピスは弾かれたように振り返った。
振り返った先には、背の高い、整った顔立ちの男子生徒が立っていた。
恐らく、上級生だろう。
制服ではなく私服の為、何処の寮かは分からない。
彼の整った顔は、驚きに染まっている。

彼の先程の呟きと表情で、ラピスは悟った。
彼は、見たのだ。
ラピスが、"能力に頼った魔法"を使うところを。

「――見たのね……?」

ラピスは静かに聞いた。
ペンダントをきゅっと握る。

「……ああ、うん。驚いたよ。だって君、まだ一年生だろう?」

彼はラピスの声に我に返って答えた。

「何故私が一年生だと知っているの?」
「だって君、とても有名だ」
「………」
「あ、いや、変な意味じゃないんだ。組分けの時のこととか、家のことで」

彼は慌てて弁解する。
確かに組分けの儀式の時は、全教職員と生徒が見ていたのだ。
知っていて当然だろう。

「――さっき、見たこと」
「え?」
「さっき見たこと、誰にも言わないで欲しいの」
「…分かった」

彼は直ぐに頷いてくれた。

「名前は?」
「知っているのでしょう?」
「一応、本人から聞きたいからね」

彼はにっこり笑った。
万人受けしそうな、とても好感のある笑顔だ。
でも、彼は少し変わっている。

「ラピス・ミリアムよ」

最近は、自己紹介も随分スムーズに出来るようになった。
相手はミリアムの名前を聞いて表情を変えるが、ラピスはもう慣れていた。
彼は表情を変えなかった。

「僕はセドリック・ディゴリー。セドリックで良いよ。よろしく」
「……よろしく」

ラピスは、差し出された彼の手をそっと握った。

――「さっき、杖も使わなかったのかい?」
「……ええ。自室に忘れたの」
「杖も呪文も使わずにあそこまで…本当にすごい」

セドリックは、ラピスが読書をしている向いの席で彼女を見ている。「貴方は勉強しないの?」

見られていることに耐えかね、ラピスはセドリックに尋ねる。
本音を言えば、気が散って仕方がない。
今日は読書は中止にしようとしたが、彼に「どうして読まないの?本を読みに来たんだろう?」とにっこり言われてしまった為、渋々読書を始めたのだ。
弱味を握られている以上、彼の機嫌を損ねたり強く言うことは出来ない。

「宿題はさっき全て終わらせたんだ。一度寮に戻ったんだけど、忘れ物をしたことに気が付いてね。それでまた此処へ戻って来た。そしたら君がいたんだ」
「……そう」

彼はにっこり顔を崩さず、ラピスを見ている。
ラピスはうんざりして本に視線を戻した。

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