賢者の石 | ナノ

▼ 15(02)


「ねぇ、アルバス」

落着きを取り戻し、二杯目の紅茶が入ったところでラピスは口を開いた。

「――ミリアム家について書かれている書物がないの。それから……八年前の事件のことも」

少し、空気が変わった気がするのは気の所為だろうか。

「ミリアム家出身の魔法使いや魔女について書かれている書物は沢山あるわ。でも、ミリアム家の血縁に関することも八年前の事件のことも全く書いてないの。まるで――避けているかのように」

ホグワーツには沢山の書物がある。
未だ全て読んだわけではないが、【偉大な魔法使い・魔女】や【純血の旧家と名家】、過去の新聞など、ある程度の歴史関係の書物は読んだ。
しかし、それらの書物には何処にも掲載されていなかった。
肩書や獲得した賞、活躍などについては書かれている。
しかし、ミリアム家のことについては一切書かれていない。
家系図は勿論、親子関係や誰が当主を継承したのかなど、ミリアム家の人間がどの位置で誰の子供かと言うことが全く書かれていない。
ミリアムという姓を名乗っている為"ミリアム家の者"とは分かるが、決定的となる証拠がないのだ。
これほどの旧家なのにも関わらず、何故掲載されていないのか、ずっと不思議に思ってきた。
それから八年前起きた、ロンドンのホリネスリトスでの事件――両親が死喰い人に殺された時の事だ。
あの事件はどの新聞にも取り上げられていなかった。
ホリネスリトスを丸ごとを吹き飛ばした、あんなにも大規模な事件だったにも関わらず、何故新聞はあの事件を取り上げていないのか。
マグルの新聞には"火の不始末とガス漏れによって起きた大爆発"と書かれていた。
しかし、真実は違う。
死喰い人達による大量殺人だ。
両親もマグル達も、死喰い人に殺された。
ホグワーツで解明出来ると思っていた問題は、余計に不可解となってしまったのだ。

「…何か――隠したかったのではないかしら」

それが何かは分からない。
けれど、何かある気がして仕方がないのだ。

「ミリアム家は秘密主義で有名じゃ。名家な上に秘密主義。そこがまた社会の興味を引いたのじゃ。しかしミリアム家は秘密主義を貫き通した。彼等は純血の旧家でありながら名家であることを、他の名家のようにひけらかしたくはなかったのじゃよ」
「……それだけかしら」
「そうじゃとも」

アルバスはにっこり笑った。
それが本当に心からの笑みなのか、ラピスを納得させる為の笑みなのかは分からない。
そこで、ふと思い出す。

「あ……」
「何かね?」
「私、"アレキサンダーが先祖か"と聞かれて"そうだ"と言ってしまったわ」
「それくらいなら構わんよ。しかし、君の頭の中の家系図は他の者に洩らしてはならぬ」
「言わないわ。と言うより、言えないわ。そんなことをしたら……」
「…そうじゃったの」

物心付いた時から入っていた、頭の中のミリアム家の家系図。
両親とアルバスによると、この家系図を他者に洩らそうとすれば恐ろしい激痛に襲われるそうだ。
口外したこともしようとしたこともない為激痛に襲われたことはないが、聞くところによれば相当なものだろう。
何故、そこまでして家系図が漏洩することを阻止する必要があるのだろうか。
分からない。
本当に謎が多すぎるのだ。

ラピスはもう一つの謎があったことを思い出し、アルバスに向き直た。

「もう一つ――何故、アレキサンダーの肖像画はないのかしら」

これは、ホグワーツに来てから浮かんだ疑問だった。
彼なら、書物のことや先祖のこと、ミリアム家のことを沢山知っているはずだ。
聞きたいことが沢山あるし、彼は実の高祖父だ。
ラピスは彼に会えることを非常に期待していた。
しかし、何処を探しても肖像画はなかった。
蛙チョコレートのカードにもなり、彼の活躍について書かれた書物がいくつもあるのにも関わらず、肖像画が描かれていないはずがない。

「アレキサンダーの肖像画は、元からこの校長室にあったのじゃ」

ラピスは入室した際部屋を見回してみたが、此処にも肖像画は見当たらなかった。

「今はちょいと貸出中なのじゃよ」
「貸出中?」

アルバスが頷く。

「是非とも彼と話したいと言う者がおっての。今は此処にはおらんのじゃよ」

彼は嘘を吐いていない。
恐らく、本当に此処にアレキサンダーの肖像画はないのだ。

「そう……ではいつかは会えるのね?」
「そうじゃの。――時が来れば会わねばなるまい」
「え?」
「さぁ、今日はここまでじゃ。老いぼれの長話に付き合わせてしもうて悪かったのう」

アルバスが立ち上がり、ラピスにも立ちあがるように促す。

「そろそろ夕食の時間じゃな。焼きたてパンの良い香りじゃ」

アルバスがくん、と匂いを嗅いでにっこり笑う。
ラピスはこの笑みを知っている。
両親の形見のことや、"名乗ってはいけない名前"のことを聞いた時に彼が見せた笑み。
"もうこの話は終わり"――そう言う意味が込められた笑みだ。
こうなれば、アルバスは絶対に口を割ってはくれない。

「ご馳走様。楽しかったわ、アルバス」
「気を付けて帰りなさい」
「ごきげんよう」

抱き合い頬にキスを交わし、ラピスは校長室を出た。
彼の言った通り、そろそろ夕食の時間だ。
しかし、ラピスの足は広間でもなく、寮でもない方向に向っている。
その足取りに迷いはない。
ラピスはペンダントをきゅっと握った。

ほんの些細な情報でも、何処かに載っているかもしれない。
まだ読んでいない書物は山程ある。
やはり、調べずにはいられない。
ラピスは図書室への道を早足で急いだ。


15 何も知らない幸せよ(それでも私は知りたかった)

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