賢者の石 | ナノ

▼ 15


「――よく来たのう、ラピス」

優しいいつもの頬笑みに、思わず頬が緩むのを感じる。

「ごきげんよう、アル、……ダンブルドア先生」
「アルバスで構わんよ」

そう言って小さく笑った彼――ホグワーツ魔法学校長、アルバス・ダンブルドアに促され、ラピスはソファに腰を下ろした。

「ありがとう」

アルバスから紅茶が入ったカップを受け取り、控え目な乾杯をする。
こくり、温かい紅茶を飲んで小さく息を吐いた。
やはり見知らぬ土地での生活に常時緊張していたようで、彼とこうしているのはとても落ち着く。

日曜日の昼下がり。
ラピスは今朝の梟便で、アルバスからティータイムの誘いを受けたのだ。
入学して一か月が経ち、ラピスはそろそろ彼に会いたいと思っていた。
それは彼も同じで、こうしてラピスを招いたのだった。

「学校生活はどうかね?」
「…何も問題はないわ」

最初の質問が予想していたものとは異なり、ラピスは心の中で安堵の溜息を吐いた。

「授業は楽しいかね?」
「…とても為になるわ」
「ルーシーが、君は天文学が非常に気に入っていると言っておったよ。望遠鏡を部屋に持ち込んだそうじゃの」

アルバスが悪戯っぽく微笑む。
ルーシーとアルバスは筒抜けだ。
何となく気恥かしいが、仕方がない。

「天文学は…好きなの」
「それは良かった。好きな教科があることは良いことじゃよ。此処はロンドンよりも星が綺麗に見えるじゃろう」
「ええ、とても」

空も、緑も、ロンドンよりも鮮やかで綺麗に見える。
アルバスに勧められたお茶請けのクッキーをかじれば、口内一杯に甘さが広がった。

「魔法薬学はどうかね?君のご両親の得意分野だったじゃろう」
「とても興味深いわ。ねぇ、アルバス――」

そこまで言って、ラピスは言葉を止めた。

「聞いたとも。セブルスは信用出来る男じゃ。わしが気にかけてくれと頼んだのじゃよ」

最初の魔法薬学の授業で、ラピスが"能力に頼った魔法"を発動させようとした際にスネイプ教授がそれを阻止した。
そのことは勿論アルバスにも伝わっている。

「そう……ごめんなさい。約束を破ってしまうところだったわ」
「もう良い。君が無事ならそれで良いのじゃ」

そう言ってアルバスがにっこり笑ったが、彼の言葉に何か他の意がある気がしてラピスは頬笑みを返せずにいた。
――"無事"
それは、ロングボトムが爆発させた薬を被らずに済んだから?
爆発した鍋からは距離があった。
鍋の中の薬も強力なものではなく、被ったとしても大した損傷は受けなかったはず。
しかし、彼の言葉は少々大袈裟だ。
薬を被ることの他に、何か危険なことがあっただろうか?
記憶を辿るが、思い当たることはない。

「ラピス」

名前を呼ばれてアルバス顔を見れば、彼のきらきらした青い瞳と目が合った。

「寮はどうかね?」
「っ……!」

アルバスからティータイムの誘いを受けた時、ラピスの頭には真っ先に組分けのことが過った。
会えば、一番に聞かれることだと思っていた。
彼に会うのに少し引け目を感じたのは、恐らくこれが原因だ。
聞かれても、何と答えて良いか分らなかったのだ。

「スリザリンはどうかね?」

彼は分かって聞いている。
私の心の奥底に潜んでいる不安を、彼はいとも簡単に探り当ててしまった。

「何ともないわ。ええ、何ともないのよ」

アルバスは黙ったまま何も言わない。
きらきらした青い瞳で、私の瞳を見据えたまま。
まるで心の中を見透かされているような感覚に襲われる。
私の、私にも分からない心の奥底の何かを。

「両親の出身寮だもの。一族も皆あそこだったのよ。私もスリザリンなのは当たり前のことよ。おかしいことなんて何も」
「ラピス、」

気付けば饒舌になっていた。
アルバスに名前を呼ばれ、我に返る。

「わしは、君がスリザリンを選んだことに不満等ないよ」
「っ……」

反射的に顔を上げた。

「確かに、君がグリフィンドールを選ばなかったことを少なからず残念に思った。しかし不満に等思ってはおらんよ」

アルバスが微笑む。

「スリザリンは決して悪い寮ではない。確かに闇の魔法使いを多く輩出しているがそうでない者も沢山いる。君の一族もそうじゃ。悪に手を染めた者などおらんよ」

思わず、こくりと頷いた。
一族はスリザリン寮出身だったが、悪の道に等走っていない。

「確かに組分け帽子はグリフィンドールを選んだ。しかし、君はスリザリンを選んだのじゃ。分かるかね?選択したのは君自身なのじゃ。選択肢はいつも自分の手の中にある。選択肢も大切じゃ。しかしそれよりも大切なのは、どのような選択をするかと言うことじゃ」
「選択……」
「君は自分の道を自分で選択した。これはとても大切なことじゃよ」

アルバスがラピスの頭に手を乗せた。
不思議と、それだけで心が落ち着いてくる。
彼の温かな体温が伝わってくる。
酷く動揺したことが嘘のようだ。

「ラピス、君は自分の人生を自分で決める権利がある」

この人は本当にすごい人だ。
私の心の奥底の不安を掬い上げ、安心をくれた。
私は、"不安"だと言うことも、そう思っていたことも分からなかったと言うのに。
この人はいつもそう。
昔も、今も、私を救ってくれる人。

「分かったね?」

ラピスはゆっくりと、噛み締めるように頷いた。

「ありがとう、アルバス」

微笑めば、彼も優しく微笑んでくれた。

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