賢者の石 | ナノ

▼ 14


「ラピスって何でも出来るのね!」
「すごいわ、羨ましい!」
「そんなことないわ」

両隣で自分を褒めちぎる少女――ダフネ・グリーングラスとミリセント・ブルストロードや、他の女生徒達に、ラピスは首を振って否定した。

「そんなことあるわよ!飛行術、すごく上手だったじゃない!」
「ポッターなんかよりずっと上手だったわ!」
「いいえ、ハリーの方が上手だったわ」

今日のグリフィンドールと合同で行われた【飛行術】の授業で、ドラコとハリーがネビル・ロングボトムの"思い出し玉"を奪い合い、ハリーが見事な飛行術を見せた。
しかし、それを見ていたマクゴナガル教授に連れて行かれ、ハリーは戻って来なかった。
ドラコや他のスリザリン生は、ハリーが"退学処分になった"と騒ぎ立てたが、ラピスはそうは思わなかった。
ハリーが連れて行かれた後、マダム・フーチが戻り授業が再開され、ラピスはドラコよりも見事に飛んだ。

「絶対にポッターなんかより上手よ!」

ロンやハーマイオニーは、ドラコよりもラピスの方が上手いと褒めたが、彼女達スリザリン生は決してドラコと比べることはしなかった。
比べるのはハリーで、彼を非難中傷するのだ。
自身の気に食わなかったり逆らう者を貶めようとし、徹底的に否定する。
逆に、自身より上の者には逆らわず、そうした者に取り入ろうとする。
スリザリン生はこういった性格の者が多い。
しかしそれは当たり前のことだ。
その気質があるからこそ、彼等はスリザリンに組分けされたのだから。

「馬鹿よねぇ、あのぼさぼさ頭で出しゃばりのグレンジャーの言うことを聞いておけば良かったのに」
「でも退学になって清々するじゃない。どうせならグレンジャーも退学になれば良いのに。あの頭でっかち」

パンジー・パーキンソンがけらけら笑いながらやって来て、ラピスから少し離れた椅子に座った。

ラピスは、夕食の際にドラコがハリーの悪口で他のスリザリン生と盛り上がっている間に、黙って寮に戻った。
部屋に戻ろうとしたところでグリーングラスとブルストロードに見付かり、"談話室で一緒に宿題をやろう"と執拗に誘われたのだ。
何度か断ったが、あまりに執拗で"分からないところがあるから教えて欲しい"と言われた為にとうとうラピスは折れた。(頼まれたら断りきれない性格なのだ)
宿題をするはずが彼女達はハリーの悪口を言い始め、ハーマイオニーやロン、ロングボトム達のグリフィンドール生の悪口を言い始めた。

「貴女って本当に何でも出来るのね。流石ミリアム家ね」

ブルストロードが言った。
グリーングラスが激しく頷く。
どうやら、また彼女達はラピスを褒めちぎっていたようだ。
彼女達が自分に取り入ろうとしているのは分かっている。
"自分"に、ではない。
"ミリアム家の末裔の自分"に、だ。

「ラピス!」

談話室にドラコとクラッブ、ゴイルが入って来た。

「突然いなくなって驚いたぞ」
「貴方、とても楽しそうに話しをしていたから」
「ドラコ!」

パーキンソンがドラコに駆け寄る。
ラピスは宿題を再開した。
ドラコはパーキンソンが座っていた椅子に座り、またもハリーの悪口を言い始めた。
勿論、周りの生徒達もそれに乗り始める。

ドラコの実家、マルフォイ家は資産家で、純血のそこそこの名家だ。
彼に逆らう生徒はそういない。
彼に賛同出来なくとも彼が嫌いだったとしても、彼の家柄に、血に、従わざるをえないのだ。
恐らくそういった生徒もいるだろう。
それでも、彼等はそうする他にないのだ。
逆らって、自身よりも地位が高い者を自ら敵に回すような、馬鹿なことはしない。

「あいつはマグルのところに戻るんだ。ふん、良い気味だ」

がたり、ラピスはわざと大きな音を立てて椅子から立ち上がった。
周りの生徒達はお喋りを止めてラピスを見る。

「どうしたんだ、ラピス」

ドラコが聞いた。

「部屋に戻るわ。それから、私の前でハリー達の悪口を言うのは止してちょうだい」
「何故だい?ポッターはただの知り合いだろう?」

ドラコが眉間に皺を寄せる。

「ハリーは――友達よ」

それを聞いてドラコは唖然とし、ラピスは宿題を抱えて談話室を後にした。

「とも、だち……嘘だろ……?」

ドラコは呟いて、無意識のうちに拳を握った。

――ぱたん、と扉を閉めて宿題を机に置く。
ペンダントをきゅっと握る。

自分には、彼等の気持ちが理解出来ない。
スリザリン生なのだから、ああいった生徒達ばかりなのは仕方がない。
しかし、どうしても自分には理解が出来ないのだ。
彼等が自分に直接害を与えたことはない。
恐らく、これから先もないだろう。

彼等にはとても愛想の良い接し方はしていないし、なるべく関わりを持たないようにしている。
組分けの際にはスリザリン生が目の敵にしているグリフィンドールに選ばれかけ、魔法薬学の授業ではハリーを庇うような発言をした。
とてもスリザリンには向いていない自分を、他のスリザリン生は決して咎めたりすることはなかった。
それは、ラピスがミリアム家の者だからだ。
褒めちぎって取り入ろうとするのも、気に食わなくとも咎めたりしないのも、自分がミリアム家の末裔だから。
ミリアム家の血を引き継いでいるから。
もし自身が彼等よりも低い地位の家の出だったら――確実に酷い虐めに遭っていたに違いない。

スリザリンには純血で、どちらかと良い家柄の生徒が多くいる。
血筋、家柄、地位、財産。
それを鼻にかけ、自身よりも低い者は貶め、高い者には取り入る。
本質よりも、血筋、家柄や地位、財産で判断してしまうのだ。
血筋が何よりも大切で、誇らしいものだと信じて止まない。
血だの家柄だの、そんなことよりももっと大切なことはあると言うのに。
大切なもの…?
それは、何――?
血筋よりも大切なもの。
私には、よく分らない。

世界はいつからこんなふうになってしまったのだろう。
しかし、そう思ったところで世界は変わりはしない。
人の波に飲まれるように、確立された社会の秩序を乱さぬように、生きて行くしかないのだ。


14 世界に染まって生きていく(それは私も同じなのに)

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