賢者の石 | ナノ

▼ 12(03)


ドラコは、ぎょっとして隣の彼女を見た。
彼女は今まで、指名されない限り自ら口を開くことは愚か、手を挙げることもしなかった。
指名されれば答え、されなければ一言も口を開くことはしない。
その彼女が突然口を開いたのだ。

「――ミス・ミリアム」

スネイプ教授はハリーからラピスに視線を移した。
まさか自寮の生徒に意見されるとは思っていなかったのだろう。
クラス中が彼女に注目した。

「発言したければ挙手をしたまえ」
「しかし教授、先程からミス・グレンジャーは挙手をしているにも関わらず発言を許可されていません。ですから私は挙手をしませんでした。今の教授の発言は矛盾しています」

クラス中が唖然とし、少ししてグリフィンドール生からくすくす笑いが聞こえてくる。
ハリーもロンも驚いて目を見開き、ハーマイオニーは手を挙げたまま呆然としていた。
スネイプ教授は無表情のまま頬をひくつかせ、咳払いをしてくすくす笑いを止めさせた。

「それから、先程の教授の質問は全て一年生で習うことではないはずです。教科書の最後のページに、六年生で習う事だと記載されていました。教授の授業では一年に六年分の内容を学ぶのですか?そうだとすれば、予習も毎回、一年生から六年生までの内容をしなければならないのでしょうか」

ロンが小さく吹き出し、ハリーも小さく笑った。
ドラコがラピスのローブの袖を小さく引っ張ったが、彼女は気付かない振りをした。

「何年生で学ぶかは君が決めることではない」

スネイプ教授がぴしゃりと言った。
屈辱だとでも言うように、拳を握り締めている。
何か言い返してくるに違いない。
ラピスは身構えていた。
が、

「アスフォデルとニガヨモギを合わせると、眠り薬になり、あまりに強力な薬な為に【生ける屍の水薬】と呼ばれている。ベゾアール石は山羊の胃から取り出す石で、大抵の薬に対する解毒剤の主成分になる。モンクスフードとウルフスベーンは同じ植物で、別名アコナイトとも言う。トリカブトのことだ」

スネイプ教授の口から出てきたのは、ハリーに質問をした答えだった。
彼は不快感を諸に顔に出してはいたが、ラピスについて何も言わなかった。

「何故今のを全部ノートに書き取らんのだ?」

一斉に羽根ペンと羊皮紙を取り出す音がして、それにかぶせるようにスネイプ教授が言った。

「ポッター、君は授業に対する姿勢がなっておらん。よってグリフィンドール一点減点」

減点されてしまった。
しかし、ハリーはスネイプの理不尽な態度も、減点も、どうでも良い位に嬉しかった。
スネイプが後を向いたのを確認して、ハリーはラピスの方を見た。
彼女も此方を見ていて、ほんの少し口角を上げた。
彼女の頬笑みを見るのは入学式の時以来だ。
随分久しぶりなような気がする。
ハリーは、胸に絡んで引っ掛かっていた物がほんの少し解けた気がした。
彼女に頬笑み返すと、隣のドラコが"信じられない"というような顔をした。

その後、二人一組でおできを治す簡単な薬を調合した。
ハリーを始めとするグリフィンドール生は散々嫌味を言われ、スネイプが横を通る度にびくびくしたり顔を顰めたりしていた。
スネイプ教授は、どうもドラコがお気に入りらしい。
あれだけの反抗的な態度を取ったにも関わらず、スネイプ教授はラピスに何か言うことはしなかった。
寧ろ、見ることさえしない。
勿論彼女も彼を見なかったが、いくらスリザリン生とはいえ、彼が自分に嫌味を言わないことを不思議に思っていた。

「ラピス、ポッターと知り合いなのかい?」

ドラコは蛇の牙を砕きながら彼女に聞いた。
スネイプ教授に意見したことも聞きたかったが、何と聞けば良いか分らなかった。

「知り合い…そうね、知り合いよ」
「そ、そうか……」

"知り合い"
深くはない、どちらかと言えば浅い二人の関係に、ドラコは内心ほっとしている自分がいた。
自分が近しくならなければならない彼女が、あのポッターと仲が良いなんて言語道断だ。

「ミスター・マルフォイとミス・ミリアムのペアが角ナメクジを完璧き茹でたので、みんな見るように」

どうやらスネイプ教授には、そこまで嫌われているわけではなさそうだ。
隣のドラコはふんぞり返って鼻を鳴らす。

その時、地下牢一杯に強烈な緑色の煙が上がった。
グリフィンドールの、丸顔の少年の鍋からだ。
ラピスは、その異様に煮立っている鍋に嫌な予感がした。

「ネビル!」

誰かが声を上げた刹那――ラピスは念じようとした。
それは、反射。
危険を感じると、咄嗟に"能力に頼った魔法"を発動させる反射だ。
彼女は丸顔の少年と鍋の間に魔法の盾が展開されるように念じた。
否、念じようとした。

「ミリアム!」

突然名前を呼ばれたラピスは、驚いて一瞬思考を止めた。
つまり、念じることが中断されたのだ。
スネイプ教授の呼号により、それは魔法の発動までに至らなかった。
彼がラピスを呼んだと同時に、バーンと音を立てて鍋が弾けた。
生徒達は、スネイプ教授が何故ラピスを呼んだのか理解が出来ない。
彼女は唯座っていた。
何もしていないのだ。
しかし直ぐに生徒達は、弾けた鍋に関心を向ける。
スネイプ教授によって阻止された、ラピスの"能力に頼った魔法"は発動されず、丸顔の少年は顔面に薬を被った。

「馬鹿者!」

スネイプ教授が怒鳴り、魔法の杖を一振りして、零れた薬を取り除いた。

「おおかた、大鍋を火から降ろさないうちに、山嵐の針を入れたんだな?」

丸顔の少年は医務室に連れて行かれ、ハリーが理不尽な理由でまたも減点されている。

「ラピス…?」

ドラコが呼びかけるが、ラピスは無反応だった。
彼女は呆然としていた。
何故――何故あの時、スネイプ教授は私を呼んだ?
彼は――確実に知っている。
"能力に頼った魔法"を使わせない為に叫んだのだ。
何故彼が知っているの……?

いつの間にか他の生徒達は鍋の片付けを始め、ラピスは未だ呆然とし、考えを巡らせていた。

「校長に禁止されているのではなかったのかな?」

ぼそり、呟くような声にラピスが顔を上げれば、スネイプ教授が立っていた。

「聞こえなかったのか?」
「あ、いえ……」
「今後は気を付けたまえ」
「……はい」

彼は、アルバスから聞いていたのだ。
あの時彼に呼ばれなければ、間違いなく"能力に頼った魔法"を発動させていた。
彼は思った程悪い人ではないのかもしれない。
ラピスは安堵の溜息を吐いて、ドラコが器具を片付けるのを手伝った。
ドラコが何か言いたげな表情をしていたが、気が付かない振りをした。


12 未知との遭遇(良いことも悪いことも)

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