賢者の石 | ナノ

▼ 10


私はきれいじゃないけれど
人は見かけによらぬもの
私をしのぐ賢い帽子
あるなら私は身を引こう
山高帽子は真っ黒だ
シルクハットはすらりと高い
私はホグワーツ組分け帽子
私は彼らの上を行く
君の頭に隠れたものを
組分け帽子はお見通し
かぶれば君に教えよう
君が行くべき寮の名を

グリフィンドールに行くならば
勇気ある者が住う寮
勇猛果敢な騎士道で
他とは違うグリフィンドール
 
ハッフルパフに行くならば
君は正しく忠実で
忍耐強く真実で
苦労を苦労と思わない

古き賢きレイブンクロー
君に意欲があるならば
機知と学びの友人を
ここで必ず得るだろう

スリザリンはもしかして
君はまことの友を得る
どんな手段を使っても
目的遂げる狡猾さ
    
かぶってごらん!恐れずに!
興奮せずに、お任せを!
君を私の手にゆだね
(私は手なんかないけれど)
だって私は考える帽子!

――つぎはぎの、ぼろぼろで、汚らしい帽子の歌が終わり、広間に拍手が沸き起こる。
ラピスの心臓がどくどくと暴れ出す。
極度の緊張と不安で吐き気がする。

「アボット・ハンナ!」

マクゴナガル教授の声が大広間に響く。
始まってしまった。
ああ、どうしよう。
どうしよう。
嫌な汗が背中を伝う。

ミリアム家は、代々スリザリンの家系だった。
自分も当然スリザリンに選ばれるはずだ。
しかし、もしも違ったら?
ミリアム家が通って来た道を外されてしまったら?
もしスリザリンに選ばれなかったとして、両親が生きていたとしても、二人は責めたり咎めたりすることなんてしないはずだ。
両親は厳しい人だったけれど、いつも私の意思を尊重してくれた。
純血だとか、スリザリンだとか、そんなことに拘る人達ではなかった。
どんな寮に選ばれたとしても、二人はきっと褒めてくれると思う。
だから、だからこそ。
ミリアム家が通って来た道を外れたくなかった。
父と母と同じ、スリザリンが良かった。

ふと周りを見れば、もうほとんどの生徒が組分けを終えている。
自分のアルファベットの番はとっくにきているはずだ。
しかし、名前を呼ばれた覚えはない。
何故…?
ブレーズ・ザビニが呼ばれ、ラピスはとうとう最後の一人になってしまった。
彼はスリザリンに選ばれ、スリザリンのテーブルに駆けて行く。

「――ミリアム・ラピス」

とても落ち着いた声で、マクゴナガル教授が名前を読み上げた。
ざわざわと広間が騒がしくなる。
ミリアム家に生き残りがいたことを知らなかった彼等は、皆驚いて近くの者と囁き合う。
震える足で壇上の椅子に向かう。
広間中の視線と言う視線がラピスに集まる。
崩れるように椅子に腰掛れば、組分け帽子を被せられる。
視界が真っ暗になり、耳の中へ声が響いた。

「待っていたよ、『ディアマンテ』」

その名前にハッとした。

「何故、知っているの……?」
「私が知らないとでも思ったのかね?」

組分け帽子は片眉を吊り上げて、ふんっと鼻を鳴らす。(眉も鼻もないのだけれど)
喫驚しているラピスを余所に、組分け帽子はぺらぺらと話し出す。
どうやら、組分け帽子との会話は本人にしか聞こえないらしい。

「君の一族は代々スリザリンだ。君の一族も両親も、実に優秀だった。勿論君もそうだ、『ディアマンテ』」

その名前を呼ばれる度、一瞬、身体に電気が走るような、心臓が跳ねるような感覚に襲われる。

「さて、君はどうしたものか。うーむ……純血で賢いが、狡猾ではない。慎重だが、時にとても勇敢。しかし、時にとても臆病になる。忠実で実直だが、興味のない事には尽く無関心で無頓着。難しい。君はとても難しい」

組分け帽子は唸る。
自分も知らない自分をすらすらと言われ、ラピスは驚くばかりだった。

「しかしこれだけは言える。君はスリザリンには向いておらぬ」
「…え?」
「ならば、グリフィンドー」
「待って!!」

ラピスは叫んだ。
こんなに大声を出したのは、八年前のあの時以来だろう。
組分け帽子が寮の名前を言い終える前に、ラピスはそれを遮ったのだ。
広間は水を打ったように静まり返り、皆唖然としていた。
何しろ、組分け帽子の組分けに逆らった者などこれまでいなかったのだから。

「何だね、不満なのかね?」

組分け帽子は立腹だ。
自分の組分けに異論を唱える生徒など今までいなかったのだ。
広間は再びざわめき始める。
教員達も、異様な光景に眉を顰める。

「駄目よ、駄目……」

ラピスは震える手でペンダントをきゅっと握る。
あまりに力を込めすぎて、その手は白くなっていた。

「私は、私はスリザリンでないと、」
「何故そこまでスリザリンに拘るのかね?」
「だって私は……ミリアム家の、最後の人間だもの」

最後のミリアム家の者として、私はスリザリンでなければいけない。
誰が決めたわけでも、誰に言われたわけでもない。
それでも、私は、スリザリンを選ぶ。

「そこまで言うのならば仕方がない。君ならスリザリンでやっていけないこともないだろう。もしかすると、唯一無二の存在に出会えるかもしれぬ。――後悔はしないかね?『ディアマンテ』」
「――しないわ」
「スリザリン!」

組分け帽子が再度叫んだ。
一度目とは違う寮の名前を。
広間は一瞬静まり返り、すぐにスリザリンのテーブルから歓声が上がった。
一度目に名前が挙げられたグリフィンドールのテーブルでは、落胆の声が上がる。
グリフィンドールのテーブルにちらりと目をやれば、ハリーが悲しそうな表情で此方を見ていた。
それを見て、ラピスの胸はちくりと痛む。
スリザリンのテーブルに向かえば、マルフォイが微笑んで手招きをしていた。
自分の隣の席を空けて待っていたようだ。
彼や周りの生徒が何か話しかけていたが、ラピスの耳には入らなかった。

ラピスは、気が付けばベッドの上にいた。
アルバスが歓迎の挨拶をしたところまでは薄っすらと記憶に残っているが、あれからどうやって此処に来たのかも覚えていない。

「後悔はしないかね?『ディアマンテ』」

組分け帽子の言葉が、耳の中で鮮明に繰り返される。

「後悔なんて…しないわ」

誰に何を言われようが、私は此処で良いんだ。
ねぇ、そうでしょう?
お父様、お母様――。


10 心、強く在るために(私の選んだ道だから)

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