賢者の石 | ナノ

▼ 09


一時間程前、マルフォイはクラッブとゴイルを引き連れてコンパートメントを出て行った。
着替えを済ませていなかったラピスは急いで着替え、漸く一人になった室内で読書を再開していた。
しかし実際は、先程までいた彼等のことで頭が一杯で、読書をしている余裕はなかった。
ページを捲っては溜息を吐く。
車内放送が入り、ふと窓の外を見れば、空は暗くなっている。
汽車は除々に速度を落としていき、やがてホグズミードに到着した。
着いてしまった。
ラピスはペンダントをきゅっと握った。
マルフォイ達は帰って来ない。
コンパートメントの外は生徒達でごった返している。
それを見て、胃がずきずきと痛む。

「イッチ年生!イッチ年生はこっちだ!」

汽車の外から、聞いた事のある声が聞こえた。
ラピスが人の波に加わって汽車を降りると、ハグリッドがランプを片手に叫んでいた。
どうやら彼は、一年生の引率係らしい。
一年生は険しくて狭い小道を、彼の後を付いて降りていった。

「ラピス?」

後ろから名前を呼ばれ、足元に気を付けながら振り返れば、初めて出来た友達がいた。
彼の姿を見て、不安が少し和らいだ気がした。

「やっぱりラピスだ!」
「ごきげんよう、ハリー」

歩きながら、自然とラピスとハリーが隣同士になる。

「コンパートメントが同じだったロンだよ」

ハリーは隣の少年を指す。

「僕、ロン・ウィーズリー。よろしく」

ラピスはウィーズリーの名前を知っていた。
暗くてはっきりとは分からないが、恐らく赤毛だろう。

「私は、ラピス・ミリアム」

暗くて顔がよく見えない為、三度目の自己紹介は気が楽だった。

「ミリアム?ミリアムだって?!」

ロンが驚きの声を上げる。

「じゃあ君、アレキサンダー・ミリアムの子孫なの?!」
「ええ……」
「すっげー!」

ロンが一人で興奮し、ハリーはわけが分からず二人を交互に見ている。

「ねぇ、どういうことなの?ラピスの家は有名なの?アレキサンダーって誰?」
「そりゃあ有名さぁ!ミリアム家は純血の名家だ!ブラック家よりもずっと旧家だよ!その中でも、アレキサンダー・ミリアムは特に有名なんだ!蛙チョコレートのカードにもなってる!僕、もう七枚も持ってるよ!」

ロンがあまりに熱く語るので、ラピスは何も言えなかった。
ラピスがアレキサンダーの直系の子孫だと言うことは事実だ。
彼は闇払いで活躍し、他にも研究に熱を注いだ。
数々の肩書を持ち栄誉に輝いた、とても偉大な魔法使いだった。
彼が先祖だと言うことはとても誇りに思っているが、こうして人に騒がれることには慣れていない。
ラピスは複雑な気持ちになった。

ハリーは"ブラック家"と言われても分からなかったが、ロンの興奮状態を見ればミリアム家がそれ程の名家だと言うことは分かった。

「でも…八年前に滅ぼされたって聞いたんだ……皆そう思ってる」
「どうして滅ぼされたの……?」

もごもごと話すロンに、ハリーが聞く。

「えっと、"例のあの人"の下部に滅ぼされたって…パパに聞いたんだけど……」
「そうよ」

ロンがラピスを窺うと、彼女は頷いた。

「そうだったんだ……君の両親も殺されたんだね」
「ええ」

途端に沈黙が訪れる。
ラピスとハリーは先程から変わらないが、ロンが喋らなくなった事で空気が重くなったのだ。

「……ごめん、僕が余計なこと言ったから…」

ロンが申し訳なさそうに言った。

「そんなことはないわ」

それでもロンは落胆したままだ。

「私も、ウィーズリー家の方達のことを知っているわ」
「……どうせ良い噂じゃないだろ?」

ロンは投げやりに言う。

「ウィーズリー家の人達は独断や偏見でものを見たりせず、しっかりとした信念を持っている立派な魔法族。人望が厚く、とても優しくて温かい。そう聞いたわ」
「それ、本当……?」

ロンが目を輝かせる。

「勿論よ」

ルーシーが教えてくれたことだ。
彼女もまた、独断や偏見でものを見たりしない。
彼女の言ったことは本当に、"本当"なのだ。

「ラピスが言ってるんだ。本当だよ、ロン」
「うん、ありがとう。ラピスって呼んでも良い?僕のこともロンって呼んで」
「ええ」

そう言ってラピスが微笑んだ時、狭かった道が急に開け、大きな黒い湖の畔に出た。
これまで光を遮っていた木がなくなり、月光が、反射した光が、彼女を照らした。

「うっわー、君って名家出身の上にすごい美人だ!」
「え?」
「僕、すごい人達と友達になったんだ!フレッドとジョージに自慢してやる!」

美人?私が?
ラピスはロンの言っていることが理解出来なかったが、ロンと目が合ったことに驚き、慌てて目を逸らす。
あれ、今、友達って――?

「もう君達友達だろう?」
「え?」

ハリーがラピスに言った。

「え、違うの?」
「そうだよ、ロン。友達だ。ね、ラピス」
「…ええ」

ラピスはロンの目を見て少し微笑んだ。
ロンの顔が髪のように赤く染まったが、薄暗い中では誰も気付くことはなかった。

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