賢者の石 | ナノ

▼ *(2)


彼女は調べものをしているようだ。
その後も何冊も本を読んだが、それは見付からなかったらしい。
彼女の読んだ本を戻すのを手伝いながら、僕は彼女を盗み見た。
話しをしていても何をしていても、彼女は決して僕の目を見ることをしない。
人見知りが激しいのだろう。

「手伝って下さってありがとう。ごきげんよう」

図書室を出て、彼女は挨拶も早々に去ろうとした。
僕はこの時、咄嗟に彼女のブラウスの袖を引っ張っていた。
失礼なことをして慌てて謝ったが、彼女はまたしても無表情で振り返った。
僕は、彼女に"条件"を持ちかけた。
彼女の"あれ"と、あの時の彼女の表情が気になったからだ。
僕の予想が当たっていれば、彼女は僕の条件を飲むだろう。

「……分ったわ。そうしたら黙っていてくれるのね?」
「勿論。約束は守るさ」

彼女は僕の出した条件をあっさり飲んだ。
僕のことなんて微塵も興味がないだろうに、こうやって話しかけられてさぞ迷惑しているだろうに。
それでも、彼女は首を立てに振った。
それ程までして秘密にしておいて欲しい理由は何だ……?

「よろしく、――ラピス」
「っ!!」

一度も目を合わせない彼女の顔を覗き込み、自分を彼女の瞳に映して笑った。
僕は狡かった。
僕に秘密を口外されたくないが為に、大半のことは彼女が許してくれるだろうと思ったのだ。
僕が口外しないよう、彼女は僕の機嫌を損ねないようにする筈だ。
スリザリンの彼女よりもよっぽど狡猾に、僕は彼女を手の平に乗せた。

彼女が言葉を発する暇も与えず、僕は彼女の前から去った。
彼女の瞳を正面から見て思ったこと。
彼女の瞳はまるで――ガラスのようだった。
感情のない、温もりのない、光のない、ただの群青色のガラス玉だった。
それは、触れれば壊れてしまいそうで。
とても――儚い。
僕を映したはずの彼女の瞳には、僕は映ってはいなかった。
僕だけじゃない。
景色も、光も、感情も――何も映してはいなかった。
一族を失い、たった一人生き残った彼女は、何を抱えているのだろう。
唯でさえ謎めいているミリアム家。
そして、更に謎めいている彼女。
その深い群青に覆われた秘密を、知りたいと思った。

それから僕達は月に一度、図書館で勉強会をした。
彼女は非の打ち所のない人だ。
美人で優秀で、とても上品だ。
振る舞いから、ひしひしと育ちの良さが伝わってくる。
彼女の瞳の色、ラピスラズリは深い青色から藍色の宝石で、しばしば黄鉄鉱の粒を含んでいる。
それはまるで、"どこまでも広がる群青色に、星が輝く夜空のよう"だと言われている。
彼女の瞳は美しい。
しかし、星は輝いて等いなかった。

彼女は"約束"の為に僕と勉強会をしていた。
当たり前だ。
これは僕が望んだことなのだから。
しかし、それを考えると胸がちくりと痛んだ。
彼女のあの虚無な瞳を見ると、何とも言えない気持ちになる。
胸が締め付けられるような、けれども見ていたい。

「……正直なんかじゃないわ」

そう言った彼女は、どこか冷たくて、苦しそうで――。
正直ではない、優秀ではないと、僕が褒めると苦しそうに否定をする彼女。
何故そこまでして――。
しかし、僕は彼女のことを言えた義理ではない。
何故だろう、彼女と僕は似ている気がした。
こんなこと烏滸がましいかもしれないけれど、そう思った。

「――貴方のその顔、苦手だわ」

否定をされたのに、不快には思わない。
寧ろ嬉しくて、頬が緩んだ。
真っ向から否定されたことなんてないのに。
彼女は不思議な人だ。

「――ありがとう、セドリック」

彼女が、初めて微笑んで名前を呼んでくれた時、僕は初めての感情を知った。
どう言葉に表して良いのか分からないけれど、味わったことのない感情だった。
それは、とても温かなものだった。
何故だろう、彼女と会う度、彼女のことを考える度、僕は知らない僕を知る。
彼女のことをもっと知りたい。
狡くても良い、それでも僕は――…


* 君との理由を探してた(こんなにも我が儘だったなんて、)

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