賢者の石 | ナノ

▼ 39(2)


「――ダスティ、アルノルト、悪いけど飲み物を買ってきてくれないか」
「え、もうカートならとっくに行っちまったぜ」

セドリックは何を言い出すのだろう。
ラピスもカートが疾うの前に通り過ぎたことは知っている。

「喉、乾いたよね、ラピス」
「……ええ」

ラピスは頷いた。
セドリックの表情が、"そうだと言ってくれ"と言っていたのだ。

「仕方ないな、ミリアム嬢がそう言うんなら行ってくるよ」
「ただし、彼女に何かしでかすなよセド」
「なっ――!」

セドリックの頬にさっと赤みが差した。

「ラピスに失礼だぞ!」
「悪い悪い、冗談だ」
「じゃあな」

ダスティとアルノルトが出て行き、セドリックは彼等が座っていたラピスの正面に腰を下ろした。

「ごめん、気を悪くしたかい?」
「いいえ、気にしていないわ」

彼は、何故ダスティとアルノルトを追い出したのだろう。


「――もう、体調は平気なのかい?」

ラピスが窓の外に視線を戻そうとした時、セドリックが口を開いた。

「え?」
「年度末、色々あっただろう?」
「…ええ、もう大丈夫よ」
「その、――心配したよ」

思わず彼の目を見ると、彼の頬が少し赤く染まった気がした。

「……ありがとう」

本心で心配してくれていたのだろうか。
これも彼の優しさだろう。
しかし、他人に心配されることはまだ慣れない。

「……聞いても良いかしら」
「何?」
「来年度も、月に一度勉強会をするのかしら」

彼に聞かなければならないと思っていたことだ。
彼は少し考える仕草をした。

「そうだね…嫌かい?」
「……嫌ではないわ」
「嫌ではない、ね」

セドリックは彼女の言葉を繰り返した。
嫌なわけはない。
秘密を黙っていてもらう為ならば、彼が望むことをしなければならない。
彼はどうするつもりなのか、口を閉ざしたままだ。

「買ってきたよ」

勢い良くコンパートメントの扉が開き、かぼちゃジュースを抱えたダスティとアルノルトが帰って来た。

「そろそろ失礼するわ」
「え?」
「もう?」
「着替えをしなければいけないもの」

三人は驚くが、それを聞いて頷いた。
彼女は女性で、此処では着替えられない。

「かぼちゃジュース持って行ってよ」
「ありがとう」

ラピスはジュースを受け取り、荷物を持ち立ち上がる。

「招いてくださってありがとうございました、ごきげんよう」
「あ、ああ」

名残惜しそうにするダスティとアルノルトに見向きもせずセドリックを一瞥すると、彼等のコンパートメントを出た。

「ラピス!」

後ろから投げかけられた声に振り向くと、セドリックが小走りでやって来た。

「来年度も、勉強会を続けて良い?」
「ええ」

ラピスは即答した。
彼は、今までずっと考えていたのだろうか。

「約束、忘れないで」
「勿論」

彼が頷いたのを見て、ラピスは安堵した。
彼が約束を破るとは思えない。
条件を出してきたのは彼なのだから。
約束、と言うより"契約"だろう。
しかし、"条件"ならばもっと他にも合っただろうに、何故勉強会なんてものにしたのだろう。
彼はあんな穏やかな表情をして、何を考えているのか分からない。

セドリック後ろ姿が見えなくなると、ラピスはトイレに行って制服から洋服に着替えた。
次第に車窓の田園の緑が濃くなり、小綺麗になっていく。
ラピスはこの一年の事を思い出して、目を閉じた。
フレッドとジョージ、リーの笑い声が聞こえて、自然と頬が緩む。
また悪戯をして騒ぎを起こしているのだろう。
あの便座は、元あった三階の女子トイレに返しておいた。
ハリーに贈られたフィルチの便座(彼の事務室の近くにあるトイレの便座)はどうなったのだろう。
――こんなことを考えていることが不思議だ。
しかし、自然と彼等のことが頭に浮かぶ。
ホグワーツに入学するまで他人のことを殆ど考えていなかったのにも関わらず、よくもこんなにも考えるようになったものだ。
しかし、それが不快だとは思えない。
他人のことを考えるのは、意外にも充実感があるのだ。
来年は今年度よりも充実した学校生活が送れると良い。

取り敢えず今は、ホリネスリトスの家に早く帰りたい。
ルーシーを思いっきり抱き締めて、美味しい彼女の料理を食べて、沢山話しをしよう。
離れていた分彼女と穏やかな時間を過ごすのだ。


39 特別が当たり前で(当たり前が特別になれたら、)

賢者の石・完結 

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