賢者の石 | ナノ

▼ 38(2)


「……………」

ドラコの様子がおかしい。
学年末パーティーの時から、どこかおかしいのだ。
スリザリンがグリフィンドールに負けたからだろうか。
何か考えているのか、口数も少ないし、眉間に皴を寄せている。
ラピスの隣を歩いていたはずの彼は、いつの間にか後ろにいて、そのことにも気が付かないようだ。
後ろからついて来ているクラッブとゴイルはおろおろして顔を見合わせる。

「放っておきなさいな。スリザリンが負けたことをまだ引きずっているんでしょう」
「違う!」

ラピスが言うと、ドラコは俯きがちだった顔を上げて否定した。

「……そう」

ラピスが短くそう言うと、彼はまた眉間に皴を寄せた。

「先に行ってろ」

ドラコがぶっきらぼうに言うと、クラッブとゴイルはそそくさと先へ走って行った。

「怒っているわけじゃないんだ」
「………」
「ごめん…」

何と言って良いのか分からず、ラピスはまた歩き出した。

「君が――、」
「え?」
「君が、ポッターを!命懸けで守ったって言うから!」

予想外の言葉に、ラピスは足を止めた。
彼が何を言っているのか理解出来ない。
小走りで駆け寄ってくる彼を、ラピスは無言で見つめていた。

「どうして君は――…」

ドラコの悲しげな表情に、ラピスは目を逸した。
またこんな顔をして――どうして――、

「……何故そんなことで怒るの」
「"そんなこと"……?」

ドラコが目を見開いて聞き返す。

「"そんなこと"、なんかじゃない……!」

ラピスは言葉が出なかった。
初めて、ドラコが怒っているところを見た。
真剣な表情には、静かな怒りが感じられた。
彼が何をそんなに怒っているのか理解出来ないし、何を言って良いのかも分からない。

「……ごめん、少し頭を冷やすよ」

ドラコは額を抑えた。
目を閉じて、小さく溜息を吐く。

「手紙を送るよ。じゃあ、良い夏休みを」
「…ええ」

ドラコはそれだけ言うと、走って行ってしまった。
ラピスはその場に立ち尽くしたまま。
彼は何に腹を立てていたのだろう。
しかし、最後に見た表情が悲しそうで、唯腹を立てているだけにも思えない。
彼は分からない事だらけだ。
私の対人経験の浅さも原因かもしれないが。

「ラピス!」

名前を呼ばれて顔を上げると、少し先にグリーングラスとブルストロードが手を振っていた。

「ドラコと一緒じゃないなんて珍しいわね」
「…ええ」
「ねぇ、夏休みに私の家に来ない?両親に貴女を紹介したいわ」
「ラピスのお家にも行ってみたいわ」
「…そうね、」

二人とも自宅にラピスを招きたがり、彼女の家にも行きたがった。
どれくらいの大きさで、どんな部屋があってどんな素敵なインテリアなのか。
彼女達と一緒にいると疲れてしまう。
ラピスは、彼女達に"一緒にコンパートメントに"と誘われたが、"約束がある"と断った。

「手紙を書くわね」
「きっと遊びましょうね」

上品に微笑みながら手を振る二人に手を振り返して、ラピスは小さな溜息を付いた。


38 あなたの影しか見えなくて(繋がらない)

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