賢者の石 | ナノ

▼ 37


ハリー達と別れて寮に戻ると、ドラコだけが談話室にいた。
他の生徒は、既に大広間に向かったそうだ。

「今年もスリザリンが優勝だ」

彼は得意げに、嬉しそうに笑った。
先程の泣き顔は何処へやら。
大広間は、入学式の時と同じように、机に空の食器がずらりと並んでいた。
広間の飾りつけは緑と銀色、スリザリンカラーだ。
ラピスに気が付いたスリザリン生は一目散に彼女の元に来て、彼女の無事を喜んだ。

「今年も優勝ね!」
「当然よ、ラピスが点数を沢山稼いでくれたもの」
「でも、本当に貴女が無事で良かったわ」

スリザリン生は寮対抗の優勝を喜び合い、当然だとばかりに他寮の生徒を嘲笑った。

「さて、諸君!また一年が過ぎた!」

アルバスの朗らかな声が、大広間に響き渡った。
ざわついていた広間が静かになる。

「ご馳走にかぶりつく前に、毎年の如く寮対抗の表彰を行うとしようかの」

ラピスは緑と銀色の飾り付けに目をやった。

「点数は次の通りじゃ。四位グリフィンドール三九二点、三位ハッフルパフ四○五点、
二位レイブンクロー四二六点、そして……一位スリザリン、四七二点」

その瞬間、スリザリンのテーブルから嵐のような歓声と足を踏み鳴らす音が起こる。
ドラコは"どうだ"と言わんばかりの顔でハリーを見た。

「よしよし、よくやったスリザリン。しかし、つい最近の出来事も勘定に入れなくてはなるまいて」

アルバスの声に、大広間は一瞬にして静けさを取り戻した。
スリザリン生の顔から笑みが消える。
スネイプ教授がアルバスを睨んでいるのが見えた。

「駆け込みの点数をいくつか与えよう。…えーとそうそう…まず最初は、ロナルド・ウィーズリー君」

突然名前を呼ばれたロンは、驚いて硬直し、みるみる顔を赤くした。

「この何年間か、ホグワーツで見ること出来なかったような、最高のチェス・ゲームを見せてくれたことを称え――グリフィンドールに、五十点を与える」

わっ、と巻き起こったグリフィンドール席からの歓声。
魔法の天井を吹き飛ばしかねない勢いだ。
ドラコを含むスリザリン生からはブーイングが起こる。
ただ一人、ラピスだけは拍手を贈った。
スリザリン生が気まずそうな表情をするが、彼女はお構いなしに拍手をした。

「次に……ハーマイオニー・グレンジャー嬢に。火に囲まれながら冷静な論理を用いて対処した事を称え――グリフィンドールに、五十点を与える」

ハーマイオニーは腕に顔を埋めた。
きっと嬉し泣きしているに違いない。
顔を上げた彼女は、案の定真っ赤な顔で目を潤ませていた。
そして、ラピスの方を向いてにっこり笑った。
ラピスも彼女に微笑み返した。

「そして次は……ラピス・ミリアム嬢」
「え……?」

まさが自身が呼ばれるなどと思っていなかったラピスは、目を見開いた。
全生徒と教員の視線がラピスに向けられる。

「大切な友を自らの命に代えても守ろうとした、その勇気と友愛溢れる行動を称え――スリザリンに、五十点を与える」

スリザリン席から沸き起こる歓声と拍手。
そしてそれは、他寮からも沸き起こった。
あの時ハリーを守ることに必死で、勇気だの愛だの、そんなことは頭になかった。
唯、身体が勝手に動いていた。

アルバスの方を見ると、彼はにっこり笑って頷いた。
周りを見渡すと、ハリーも、ロンも、ハーマイオニーも、ハグリッドも、フレッドとジョージも、アルバスも、皆――微笑んで拍手を送ってくれている。
笑って、私を見てくれている。
ああ、なんて―――。
ラピスは、拍手にお礼を返すように微笑んだ。
唯、隣のドラコだけは、無理に笑みを貼り付けたような表情をして拍手していた。
ラピスはそれに気が付かなかった。

「そして最後に……ハリー・ポッター君」

その名前が呼ばれた瞬間、大広間が水を打ったように静かになった。

「その完璧な精神力と、並外れた勇気を讃え――グリフィンドールに、六十点」

耳をつんざくような大騒音だった。
これで漸く、グリフィンドールが一位のスリザリンと同点に並んだのだ。
どうせならあと一点くらいくれたって良いのにと、グリフィンドール生は思っただろう。
アルバスが片手を上げると、広間の中が少しずつ静かになった。

「勇気にも色々ある」

アルバスは微笑んだ。

「敵に立ち向かっていくのにも大いなる勇気がいる。しかし、味方の友人に立ち向かっていくのにも同じくらい勇気が必要じゃ。そこでわしは、ネビル・ロングボトム君に十点を与えたい」

大広間の外に誰かいたら、爆発が起こったと思うかもしれない。
それほど大きな歓声がグリフィンドールのテーブルから沸き上がった。
ネビルは、何が起こったのか理解出来ずに顔を青白くして固まっていたが、グリフィンドール生に次々と抱き着かれて漸く理解したようだ。
そして、きょろきょろしたかと思うと、ラピスの方を見てにっこり笑った。
胸が温かくなって、ラピスも頬笑みを返した。
それを見て、ドラコが金縛りにあったかのように固まる。
ハリーとロン、ハーマイオニーはそれを見て吹き出した。
レイブンクローもハッフルパフも、スリザリンがトップから滑り落ちたことを祝って、喝采に加わっていた。
ちらりと、セドリックの姿が見えた気がした。

「したがって、飾りつけをちょいと変えねばならんのう」

嵐のような大喝采の中で、アルバスが声を張り上げた。
そして手を叩いた瞬間、緑の垂れ幕が真紅に、銀色が金色に変わった。
巨大なスリザリンの蛇が消えて、グリフィンドールのそびえ立つようなライオンが現れた。
スリザリンは負けてしまったが、ラピスは悔しくはなかった。
唯々嬉しくて、温かくて。
この一年、色々なことがあった。
色々な人と出会って、色々な感情を知って、悪いことも良いこともあった。
まだ沢山考えないといけないこと、悩むこともあるけれど、今は、少しの間は――。
いつか、ホグワーツに来て"良かった"と思える日がくるだろうか。
そんな日が――くれば良いと思う。
きて欲しいとも思う。

マクゴナガル教授が嬉しそうにスネイプ教授に握手を求めると、彼は苦々しい表情で握手に応えた。
ネビルが皆に担ぎ上げられ、スリザリン生はふてくされたような表情をしている。
緑と銀色のネクタイを締めた生徒でただ一人、ラピスは拍手をし続けた。
一年前の入学式の時よりも、彼女の群青色の瞳が輝いて見えたのは、気の所為ではない。


37 たとえば未来の信じ方(この先何が待っていたとしても、)

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