賢者の石 | ナノ

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「ハリー・ポッター」

ヴォルデモートが囁いた。
ハリーはよろめきながら後退る。

「ポケットにある"石"をいただこうか」

ハリーは既に"石"を手にしていたのだ。
また一歩後退る。

「小僧、お前の両親は勇敢だった。俺様はまず父親を殺した。勇敢に戦ったがね…しかしお前の母親は死ぬ必要はなかった…母親はお前を守ろうとしたんだ……母親の死を無駄にしたくなかったら、さあ"石"をよこせ」
「やるもんか!」

クィレルは後ろ向きのままの状態で、駆け出したハリーを追った。
ラピスは、ハリーとクィレルの間に魔法の盾を展開さた。
身体が痺れていても"能力に頼った魔法"は発動した。
この時ばかりは、ハリーに見られることは頭になかった。
クィレルの動きが止まる。
そして、ヴォルデモートの紅い瞳がラピスを見た。
ぞくり、まるで氷水を被ったような感覚に襲われた。

「大人しくしていろ『ディアマンテ』」

その声に、ヴォルデモートにその名を呼ばれ、ラピスの身体に電気が通ったような衝撃が走る。
その様子を見て、ヴォルデモートがくつくつと笑った。

「さあ"石"をよこせ」

ハリーはラピスに向かって再び駆け出した。

「捕まえろ!」

ヴォルデモートが叫ぶ。
ハリーは横たわるラピスを支え、立ち上がらせようとする。
追い付いたクィレルがハリーの手首を掴んだ。
その途端、ハリーは悲鳴を上げた。
彼が力一杯もがくと、クィレルはハリーの手をあっさり放した。

「さぁラピス、此処から出るんだ!」
「ア、リー……」

その声は、酷く頼りなく細かった。
ハリーがラピスを背負おうとする傍らで、クィレルは苦痛に体を丸めて自分の指を見ていた。
彼の指には火ぶくれができていた。

「捕まえろ!捕まえろ!」

ヴォルデモートがまたかん高く叫んで、クィレルが跳びかかる。
ハリーはラピスを庇うように前に出た。
クィレルに両肩を掴まれ、首に手をかけられる。
途端、クィレルは激しい苦痛で唸り声をあげ、手を離した。

「ご主人様、やつを抑えていられません…手が……私の手が!」

クィレルの手は真っ赤に焼けただれ、皮がべろりと剥けていた。

「それなら始末しろ、愚か者め――殺せ!」

ヴォルデモートが鋭く叫び、ラピスははっとした。
同時に、痺れていた身体に感覚が戻ってくる。
クィレルは手を上げて死の呪いを掛け始て、ハリーは咄嗟に手を伸ばし、クィレルの顔を掴んだ。
クィレルが悲鳴を上げて転がるように離れた。
ラピスは立ち上がると、ハリーとクィレルの間に立ちはだかった。

「ラピス?!」

ハリーが彼女の肩を掴んで声を上げるが、彼女は動かない。

「殺してやる!」

クィレルはぼろぼろになりながら、崩れていく手を伸ばす。
ラピスはハリーを庇うように両手を広げた。
殺させない――

「ハリー、貴方は、私が――守る」

彼女がそう言った、刹那、

「あああああああああああああ!!」

クィレルの身体から炎が上がった。
ラピスは目を見開く。

「殺せ!殺せ!」

ヴォルデモートは叫ぶ。
しかしクィレルの身体は燃え尽き、その場に倒れて砂になった。

「ラピス――」

後ろで、ハリーがぐらりと倒れた。
ラピスは咄嗟に彼の身体を支え、ゆっくりと横たわらせる。
すると、背後に気配を感じた。
弾かれたように振り向くと、寄生していた肉体を失った、ヴォルデモートがいた。
塵のような、霧のような、固体でも液体でもないそれは、大きな唸り声を上げてラピスに向って来た。

「っ!!」

魔法の盾を展開させる隙もなく、ラピスは自分自身の身体を盾にして、横たわるハリーを守るように手を広げた。
冷たい、体中の毛が逆立つような感覚が走る。
唸り声が遠くに去って、静寂になった。
ラピスがゆっくりと目を開くと、其処にヴォルデモートの姿はなかった。

「はぁ、はぁ、はぁ……」

それでも鳴りやまない心臓の鼓動。
ラピスの頭は真っ白だった。
クィレルがいた、砂が僅かに残る床に視線を移す。
次第に視界がぼやけていく。
ラピスの意識は遠のき、やがてぷつりと途切れた。


33 再び開かれる(それは、何処までも深い闇)

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