クィレルはみぞの鏡に振り返った。
ハリーが鏡の存在に気付く。
何故、こんな場所に鏡が――その答えが分かった。
「この鏡が"石"を見つける鍵なのだ」
そうだ。
この鏡を使えば"石"が――。
「ダンブルドアなら、こういうものを考え付くだろうと思った……しかし、彼は今ロンドンだ」
アルバスがホグワーツにいない。
このままでは、本当に"石"もハリーも危ない。
「僕、貴方が森の中でスネイプと一緒にいるところを見た……」
ハリーは、クィレルの気を逸らそうと話し掛けたが、クィレルはいい加減な返事をする。
「スネイプは初めからずっと私のことを疑っていた」
クィレルは鏡の裏を調べ、また前に回って、食い入るように鏡に見入った。
「"石"が見える…ご主人様にそれを差し出している……でも"石"は何処にある?」
クィレルは独り言のように言った。
ハリーはロープを解こうともがいたが、結び目は固い。
なんとかしてクィレルの注意を鏡から逸らさなくては、とクィレルに話しかける。
「二、三日前、貴方が泣いているのを聞きました」
クィレルの顔に恐怖が過った。
「時には、ご主人様の命令に従うのが難しいこともある…あの方は偉大な魔法使いだし、私は弱い……」
「それじゃ、あの教室で、貴方は"あの人"と一緒にいたんですか?」
ラピスもハリーも息を呑んだ。
やはり、彼が――その存在が近くにいる。
「私の行くところ、何処にでもあの方がいらっしゃる」
クィレルが静かに言った。
どういうことだろう。
「あの方――ヴォルデモート郷は私がいかに誤っているかを教えてくださった。善と悪が存在するのではなく、力と、力を求めるには弱すぎる者とが存在するだけなのだと……それ以来、私はあの方の忠実な下僕になった。勿論あの方を何度も失望させてしまったが。だから、あの方は私にとても厳しくしなければならなかった」
突然クィレルは震えだした。
様子がおかしい。
それ程までにヴォルデモートに心酔し、崇拝していると言うのか。
そんな、自身の人格を脅かすまで……
クィレルは、もうラピスの手の届かない程深く、闇に落ちてしまったのだ。
「過ちは簡単には許してはいただけない。グリンコッツから"石"を盗み出すのにしくじった時、とてもご立腹だった。あの方は私をもっと間近で見張らなくてはならないと決心なさった……」
クィレルの声が次第に小さなくる。
――まさか。
ラピスの頭に、一つの推測が浮かんだ。
「この鏡はどういう仕掛けなんだ?どういう使い方をするんだろう?ご主人様、助けてく下さい!」
「その子を使うんだ……その子を使え……男の方だ……」
別の声が答えた。
しかも、声はクィレル自身から出てくるようだ。
しわがれた、人のものとは思えないような声だった。
――ありえないことではない。
彼は力を、肉体を失っているのだ。
「分かりました」
クィレルが突然ハリーの方を向いた。
ぱん、と一回手を打つと、彼を縛っていた縄が落ちた。
「ポッター、此処へ来い」
ハリーはのろのろと立ち上がり、鏡の前まで歩いて行く。
クィレルはラピスに杖を向けたまま、ハリーの後ろに立った。
「鏡を見て何が見えるかを言え」
ハリーが鏡の前に立った時、一瞬、ほんの一瞬、目を見開いたのを見た気がした。
「どうだ?何が見える?」
「僕がダンブルドアと握手しているのが見える」
作り話だ。
嘘を吐かなければいけなかった。
「こいつは嘘を吐いている…嘘を吐いているぞ……」
また、あの声が聞こえた。
ハリーはラピスに向かって駆け出そうとした。
「ポッター、此処に戻れ!本当のことを言うんだ!何が見えたのか言え!」
クィレルが叫んだ。
しかし、ハリーは戻ろうとしなかった。
あの鏡で、ハリーは見たのだ。
"石"を手に入れる方法か――"石"を手にした自分を。
「止まれポッター!」
クィレルがハリーに杖を向け、ハリーは動きを止めた。
そして直ぐにラピスに杖を向けてはハリーに戻す。
「俺様が話す……直に」
「ご主人様、あなた様はまだ十分に力がついていません!」
「この為なら…使う力がある……」
クィレルがダーバンを解き始め、その場でゆっくりと体を後ろ向きにした。
そして――現れたそれに、ラピスもハリーも言葉を失った。
蝋のように白く、ぎらぎらと血走った目、鼻孔は蛇のような裂け目――それは、顔だった。
これまでに見たことない程恐ろしい。
ヴォルデモートはクィレルに寄生していたのだ。
その命を繋ぎ止める為に、ユニコーンの血を飲んでいた。
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