賢者の石 | ナノ

▼ 33


「――『ディアマンテ』」

また、呼ばれた気がした。
ずきん、と頭に走った痛みで、ラピスは目を覚ました。
此処は……?
髪の毛で視界が遮られて、此処が何処なのか分らない。
覚醒しきっていない頭で、意識を失うまでの記憶を辿る。
あの時、恐らく失神させられたのだろう。
つん、と異臭が鼻を刺激した。
嗅いだことのある臭い。
これを嗅ぐ度に気分が悪くなって、言いようのない恐怖感に襲われた。
この臭いは――…
身体を起こそうとした――が、身体が思うように動かない。
痺れていているのだ。

「痺れ薬だよ」

聞いたことのある声が聞こえて、髪が除けられ視界が開いた。
ラピスはうっすら笑みを浮かべる彼の姿を視界に収めた。

「――クィ、レ…きょぅ……」

唇が上手く動かない。
横に倒れたまま、瞳だけで傍らにしゃがんだクィレルを見上げる。
この薄暗い冷たい部屋にいるのは、恐らく自身とクィレルだけだ。

「流石に薬は効くようだな」

その言葉は、どういう意味……?
不敵な笑みを浮かべた彼は、いつものおどおどした様子とはかけ離れている。
あれは、演技だったのだ。

「拘束したところで、君は簡単に解いてしまうだろう」

知っている口調だった。
何故彼が――…
彼の後ろの方に、見覚えのある鏡を見た。
どうしてあれが此処に……?

「君は、スネイプだとは思わなかったのかね?」
「……い、え」

なんとなく、この人だと、気付いていたのかもしれない。

「頭の良い子だ」

彼は猫撫で声で言って、ラピスの髪を撫でた。
鳥肌が立った。
何とも言えない嫌悪感に襲われる。
今まで感じていたものよりずっと強い"何か"。

「初めて拝見させてもらったよ」
「……?」
「素晴らしい力だ」

うっとりとした眼差しがラピスに向けられる。
ぞくぞくと悪寒が走って、冷や汗が吹き出す。
彼は、ラピスが"能力に頼った魔法"を使うところを見ていたのだ。
私の能力を知っていて、一体何をするつもりだろうか。

こつ、小石が転がる音が聞こえて、クィレルは立ち上がった。

「君のお友達だ」

其処には、目を丸くしたハリーが立っていた。

「どうして貴方が…?!っ、ラピス!」

ハリーは直ぐにラピスに気付き、急いで駆け寄ろうとしたが、直ぐにクィレルが彼女に杖を向けた。
ハリーの動きが止まる。

「此処で君に会えると思っていたよ、ポッター」

彼女に杖を向けたまま、クィレルはハリーに向かって歩いて行く。

「そんな……スネイプだとばかり……」
「確かに、セブルスはまさにそんなタイプに見える。彼が育ちすぎた蝙蝠みたいに飛び回ってくれたのがとても役に立った。スネイプの傍にいれば、誰だって、か、かわいそうな、ど、どもりの、ク、クィレル先生を疑いやしないだろう?」

クィレルはどもった後、おかしそうに笑った。

「でもスネイプは僕を殺そうとした!」
「いや、いや、いや。殺そうとしたのは私だ。君を救おうとしてスネイプが私のかけた呪文を解く反対呪文を唱えてさえいなければ、君達の友人のミス・グレンジャーに邪魔をされなければ、もっと早く叩き落とせたんだ」
「スネイプが――」

僕を救おうとしただって?
ハリーは、"信じられない"という表情だ。

「彼がなぜ次の試合で審判を買って出たと思うかね?私が二度と同じことをしないようにだよ。そんなことをしなくてもダンブルドアが見ている前では私は何も出来ない。他の先生方は全員、スネイプがグリフィンドールの勝利を阻止するために審判を申し出たと思った。スネイプは憎まれ役を買って出たわけだ」

やはり、違ってのだ。
スネイプ教授は敵ではなかった。
クィレルからハリーを守ろうとしていたのだ。
クィレルは――ハリーを殺そうとしていた。

「君は色んなところに首を突っ込みすぎる。生かしてはおけない。ハロウィーンの時もあんなふうに学校中をちょろちょろしおって。"賢者の石"を守っているのが何なのかを見に私が戻ってきた時も、君は私を見てしまったかもしれない」
「トロールを入れたのは貴方だったんですね!」
「そうとも。しかし、スネイプが真っ先に四階に来て私の邪魔をしたことと、現場に彼女がいたことは打算だった」

クィレルがラピスに目を向けた。
痺れ薬は一向に切れない。
彼女は横たわったまま、ハリーに"逃げて"と呟く。
しかし、その声は届かない。

「彼女に何をした」

様子がおかしいことに気が付いたのか、ハリーが声を荒げた。

「なに、軽い、否――軽くはないが少し痺れ薬を飲ませただけだ」

クィレルがラピスに目を向けている隙に、ハリーは彼の死角回り込もうとした。
が、クィレルが直ぐに指を鳴らして、ハリーをロープで縛り付けた。

「さぁポッター大人しく待っておれ。このなかなか面白い鏡を調べなくてはならないからな」

そして、クィレルはラピスを見てにたりと笑った。

「勿論君もだ。ご主人様は君を必要としている――『ディアマンテ』」
「っ――?!」

心臓が、大きく鳴った。
あの時も彼が呼んだのだ。
何故、彼がその名を知っているのだろうか。

ご主人様――それは、ヴォルデモート。
クィレルと彼は繋がっている。
その彼は、私を必要としている。
『ディアマンテ』、クィレルはそう言った。
私の"能力に頼った魔法"と名前が何の役に立つと言うのだろう。

彼は今も森にいるのだろうか――否、そうではない気がする。
もっと、近くにいる気がしてならないのだ。
まるで、見られているような――
目が覚めた瞬間から感じた"何か"。
それと、彼が何か関係があるのかもしれない。
何とも言えないそれは、ラピスに恐怖と嫌悪を感じさせた。

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