賢者の石 | ナノ

▼ 32


うだるような暑さの中、筆記試験の大教室は殊更暑かった。
試験用に、カンニング防止の魔法がかけられた特別な羽ペンが配られた。
実技試験では、フリットウイック教授は、生徒を一人ずつ教室に呼び入れ、パイナップルを机の端から端までタップダンスさせられるかどうかを試験した。
華麗なタップダンスを見せたラピスのパイナップルに、フリットウイック教授は感激の声を上げた。
マクゴナガル教授の試験は、鼠を"嗅ぎたばこ入れ"に変えることだった。
美しい箱に変身させたラピスは、高得点を与えられた。
スネイプ教授は、"忘れ薬"の作り方を思い出そうととみんな必死になっている時に、生徒のすぐ後ろに回ってまじまじと監視するので、どぎまぎする生徒が多かった。
ラピスにとって、どれも簡単な内容だった。
唯、忘れ薬を作っている間スネイプ教授が気になって仕方がなかった。

森の事件以来、ハリーは額の傷跡が痛むそうだ。
何もしてあげることが出来ず、唯話しを聞くことしか出来なかった。

「殆ど眠れていないみたいなんだ。多分、試験恐怖症だと思うんだよ」

ネビルはハリーを心配して、ラピスに相談を持ち掛けた。
しかし、ラピスも同じだった。
毎日のように悪夢を、あの両親が殺された日の夢と、先日森で起きた事件の夢を見ては魘されていた。
ラピスは、悪夢で魘されていることを誰にも言わなかったのが――彼は、やはり気付いてしまうのだった。

「そんなに夜遅くまで勉強していたのかい?」
「分からないところがあったのよ」
「…君でも分からないところがあるのかい?」
「ええ。だから、心配いらないわ」
「そうはいかないよ。君、顔色が悪い。そんなに根詰めたら倒れてしまうよ」
「試験だもの、少しくらい寝ていなくても平気よ」
「寝る暇もないくらいに分からないところがあるのかい?」
「……沢山あるのよ」
「だったら先生に…」
「ええ、自分で聞きに行くわ。だから心配していただかなくても結構。放っておいてちょうだい」

あまりに執拗に聞いてくるものだから、ラピスは返事をするのも疲れていた。
何を思って私を気遣っているのか。
本心なのかも分からないのに――
しかし、少し強く言い過ぎたかしら…。
ラピスが顔を上げると、もうドラコは其処におらず、足早に去る後姿だけが見えた。

ロンやハーマイオニーは、ハリーとラピスほど石を心配していないようだった。
復習で忙しく、スネイプであれ誰であれ、何を企んでいようが、気にしている余裕がないようだった。

最後の試験である魔法史が終わり、生徒達は喜びの声を上げた。
ラピスも、やっとスリザリン生達との勉強会が終わって肩の荷が下りた気がした。
あの日以来、ドラコとは話しをしていない。
ラピスに付き纏うことをぴたりと止めたのだ。

「ラピスじゃないか!」

図書館に行こうと歩いていると、声をかけられた。

「ごきげんよう」

フレッド、ジョージ、リーだった。

「なんだ、そんな顔して」
「折角悪夢の試験が終わったんだぜ?」
「もっと楽しそうな顔しろよ」

双子がラピスの肩を叩く。

「何処か行くの?」
「ええ、図書館に」
「図書館?!」

信じられない!と、三人はオーバーすぎるリアクションをする。
くすり、と久しぶりにラピスが微笑んだ。
それを見て、三人は満足そうににっこりした。

「これから湖に行くんだ」
「浅瀬で日向ぼっこしてる大イカの足をくすぐるんだ」
「あいつなかなか面白いんだぜ」
「ラピスも行こうぜ」
「ごめんなさい、今日はどうしても図書館に」

考えすぎるのはよくない、偶には遊ぶのも良い。
しかし、何かが引っ掛かっていた。
落ち着かないのだ。

「仕方ないな」
「また、また誘ってちょうだい」

ラピスの言葉に、三人は「勿論」と頷いた。

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