賢者の石 | ナノ

▼ 31


「ラピス!」

漸く追い付いたドラコは、一目散にラピスに駆け寄った。

「どうして君も逃げて来なかったんだ?!大丈夫かい?怪我は?」

ラピスの身体を上から下まで確認して聞くドラコ。
一瞬、彼が辛そうな表情をしたのは何故だろう。

「一人で逃げてきてよく言うわね」

ハーマイオニーがぼそりと言った。

「大丈夫よ」
「嘘だ」

そう言って、ぎゅっと、ドラコはラピスの手を握った。
彼女の手が、小刻みに震えていたからだ。
ハグリッドとフィレンツェが話している方をちらりと見て、ドラコは彼女を引っ張り、城の方へ向かった。

「ドラコ?」
「森を出るんだ」
「え?」

先程までの怯えた様子が嘘のように、森の中をずんずん進むドラコ。
ラピスが呼びかけても返答はない。
そして、森を出たところで突然立ち止まったかと思うと此方を向いて、目を見開いた彼女の手を再度しっかり握り直し、ドラコは言った。

「ごめん、君を置いてきて」
「え?」

ラピスは更に目を見開く。
頼りなさげに揺れていると思えば、今度は強い意志を宿したドラコの青灰の瞳。
彼は何か勘違いしているのだろうか。
自分が"行け"と突き離したのにも関わらず、彼は謝罪している。

「私が突き飛ばしたのよ」
「分かってるさ。でも、僕がいけなかった」
「貴方は別に……」

ドラコはそれでも首を横に振る。
痛い程に握られた手。
いつの間にか、手の震えは治まっていた。
彼のプラチナブロンドが、月光に照らされて光る。

恐怖に負けて一人逃げてきた自分を酷く恨んだ。
怖かった。
彼女を気にする余裕がなかった。
気付いた時には遅かった。
ああ――僕は一人で逃げてきてしまったんだ、と。
ケンタウルスとポッターと一緒に戻ってきた彼女を見て、頭を思い切り殴られたような気がした。
自身の愚かさを思い知った。
無表情の下には恐怖があって。
空虚な群青色の瞳は怯えていて。
固く握り締められた柔らかな手は震えていた。
――後悔した。
彼女を、ラピスを置き去りにしたことを。
父上なら何と仰るだろうか?
何と言われようと、僕は二度と――

「もう二度と、置いて行かないから」

置き去りにしないと誓うから。
僕の勝手でも良い、何でも良い。
君に何と罵られようが構わない。
君を置いて行った愚かな僕に、独りよがりの誓いをさせて。

悲しいのか、苦しいのか、怒っているのか、悔やんでいるのか。
彼の表情はよく分からないものだった。
彼の言葉の意味も分からない。
しかし、何故かは分からないけれど、とても温かかった。
森での出来事で混乱する私の中に、ふわりと広がる、温かな、穏やかな、安心する何か。
とくん、と、胸が鳴った気がした。


31 絡めた小指(君の瞳に誓う)

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