賢者の石 | ナノ

▼ 30(3)


草をかき分ける音がして、ハグリッドがドラコをネビルを連れて戻ってきた。
先程の花火は、ドラコがネビルに悪戯をして、ネビルが誤って打ち上げてしまったものらしい。
組分けが変えられ、ラピスはハリーとドラコ、ファングと一緒になった。

「ラピスがおればユニコーンの方から近寄ってくる」

ハグリッドの言葉に、一行は首を傾げた。
ハリーを先頭に、ラピス、ドラコ、ファングの順に並んで歩き始めた。

「ラピス、何ともなかったかい?」
「ええ」

彼女を気遣う言葉をかけるが、かたかたと震えているドラコ。
自身の心配をした方が良い、と思った。

三十分程歩いただろうか。
木立がびっしりと生い茂り、もはや道をたどるのも不可能になるにつれ、ユニコーンの血の滴りも段々と濃くなっている気がした。
ハリーとラピスは警戒心を強めた。

「見て――」

開けた平地が見えて、ハリーは足を止めて地面に指を差す。
其処には、目を開いたままのユニコーンの屍が横たわっていた。
ラピスは一歩踏み出した――が、ドラコが裾を引っ張って離さない。

「大丈夫よ、」

それでもドラコは恐怖に歪んだ顔を横に振って、裾を握り締めたままだ。
次にハリーが一歩を踏み出した。
その時、ずるずると這うような音が聞こえた。
音のする方へ目を向ける――ハリーの足はその場に氷ついた。
暗がりの中から、頭をフードにすっぽり身を包んだ何かが、まるで獲物を漁る獣のように地面を這ってきた。
そして、マントを着たその影は横たわるユニコーンに近付き、身を屈め、ユニコーンの傷口からその血を飲み始めたのた。

あれが、ユニコーンの言う"此処にいてはいけない何か"――
ラピスはそう確信した。

「あ、あぁ……」

ドラコの口から言葉にならない声が漏れた。

「ハグリッドを呼んできて」

ラピスはドラコに囁いた。
しかし、ドラコは首を振る。
彼女のローブの裾を引っ張りながら。

「早く――早く行くのよ」

ラピスはドラコを突き飛ばした。
どさりと彼が地面に尻もちをついて、その音に影が顔を上げた。

「ぎゃあああああああっ!」

悲鳴を上げたドラコは逃げだした。
その後にファングが続く。
フードに包まれた影は、ハリーとラピスを見つめる。
影の顔からユニコーンの血が滴り落ちた。
ラピスは、呼吸がまともに出来なかった。
金縛りにあったかのように身体が動かなくなり、頭も身体も、全てが恐怖に支配された。
ハリーも硬直したまま、一歩も動くことができない。
影が、ゆっくりと此方に近付いてきた。

「うっ…!」

ハリーが突然、額を押さえて呻き始めた。
額の傷から頭にかけて、これまでにない程の激痛が走った。

「ハリー?!ハリー!」

ラピスは、ふらつくハリーを支え呼びかけるが、ハリーには聞こえない。
痛い、痛い、目が眩む――…
ハリーは激痛のあまり膝を着いた。

「ハリー!!」

ハリーの様子がおかしい――怖い――身体が震える――頭が働かない。
怖い、怖い、どうしたらいいの――
思考とは反対に、身体は勝手に動いた。
ラピスは影とハリーの間にすべり込んだ。
両手を広げ、ハリーを庇うように立つ。
そして、魔法の盾を展開させた。
影は、盾の前で動くのをやめた。
ユニコーンの血が怪しく光り、異臭が鼻を刺激した。
一瞬が、何時間にも感じられた。
群青色の瞳は限界まで見開かれ、硬直したままの身体は微動だにしない。
頭の中が真っ白だった。

「………ア……テ…」

何か、影が何か声を発した時だった。
突然、背後から蹄の音が聞こえた。
ラピスとハリーの真上をひらりと飛び越え、影に向かって突進した。
ラピスが顔を上げると、もう影はいなかった。
代りにいたのは、ケンタウルスだった。

「怪我はないかい?」
「ええ……ハリー、大丈夫?」

ラピスは返事をして、ハリーを引っ張り上げた。

「うん…なんとか……」

ハリーは額を抑えながら呻いた。

「助けて下さってありがとうございます。あれを…何かご存じですか?」

ケンタウルスは答えなかった。
ラピスは彼から目を逸らし、ハリーの身体を支えた。
ハリーにどうしたのか聞きたいが、自身も混乱して余裕がなかった。
未だ心臓が速く大きな音を立てて落ち着かない。

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