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「雛、これあそこね」
そう言って、小さなトレイにコーヒーをのっけて渡してやれば、
「あぃ」
ふにゃふにゃ笑って嬉しそうにトレイを受け取る可愛い子。
ぽてぽてとゆっくりした歩みで、コーヒーを注文したお客の元へと運んで行く。見ているだけで癒される。
小鳥遊 雛 7歳。
ふわふわとした手触りのよさそうな毛並みの良い明るめな髪と、猫の様におっきなまんまるな目は黒目が多くてくりくりしている。
小さくてふわふわした、男の子にも女の子にも見える中性的な容姿だが、雛はれっきとした男の子だ。だが、そんじょそこらの女の子よりも愛くるしいし、どこも擦れていなくて素直で健気で、いいこいいこしてあげたくなる存在。そばにいるだけで、マイナスイオンが大増殖だ。
誰からも可愛がられる彼は、俺の店ではちょっとした有名人。いや、もうアイドル。
そんな可愛い男の子な雛は、俺の友人の家のペットだったりする。
ペット?
そうペット。
ペットってなんだ?そう思うかもしれないが、雛を表すにはそれが一番しっくりくるのだろう。
見ているだけで癒され、仕草のひとつひとつが可愛くて目が離せず構いたくなるそんな猫みたいで、その言葉通り猫っかわいがりしたくなるこの男の子は、半分本当に猫なのだから。。。
初めて会ったのは、先ほども話にでた飼い主な友人である、榮倉 洸の家。
白い猫耳と尻尾をつけた姿を見た時は、てっきり友人の趣味なのかと疑った。若干引いてしまったのは仕方がない事だと思う。
(知り合いから犯罪者だけは勘弁してくれと思ったのは内緒だ)
だけどそうじゃなかった。
雛の白いふわふわとした猫耳と尻尾は自前だったのだ。
嘘みたいな話だが、本当だった。
(洸さん、疑ってごめん)
なにはともあれ、雛はとても可愛らしいにゃんこだったという事だ。
いつの間にかすっかり、洸さんは勿論のこと、俺までもがあっという間に骨抜きにされた。
それどころか、周りの出会う人間全てを虜にしてしまっていた。
周囲に惜しげもなく癒しを振りまくセラピーにゃんこは、だけどその普通じゃない猫耳と尻尾のお陰で、碌に学校にも行くことができない。同年代の友達もいない。当然、洸さんが仕事の日中は一人でマンションでお留守番、な訳だがそこは今ではすっかり過保護をこじらせた洸さん。
「一人で留守番なんてさせられない!」
そう言って、俺を含めた他の友人達に頼みこみ、雛を預けることになったのは必然であったのだろう。
しかし最初は、確かに無理やり気味ではあったけど、今じゃ感謝しているくらいに雛の存在は俺たちにとっても大切な存在。毎日来てもらってもいいくらいだし、むしろこのまま引き取ってもいいと思っているのはきっと俺だけじゃない。それは、確実に。そう。すっかり周りも雛の虜であり、過保護をこじらせているのは誰しもが一緒なのだ。
その中でも、俺はまだマシな方だと思っているけどな。
で、喫茶店マスターの俺の店で今では「マスコットにゃんこな癒しアイドル」という確固たる地位を手に入れた雛(長いって?)。雛のいる日は、店内のあちらこちらで、「雛ちゃん」とお客に呼ばれ、良い子良い子と頭を撫で回され、構い倒されている。
店内は、笑顔に溢れ、もちろん当の雛も嬉しそうにしながらまさに花がほころぶような笑顔満開だ。
それを見て周りの誰もがまた笑顔になる。本当に、雛の周りは平和だ。みんなが暖かい気持ちになる。ここは冬の寒い日も春なのか?と思うほど。
店に来るのは、週に1、2回程度。すっかりお馴染みになったにゃんこは、居ないと、
「今日、雛ちゃんは?」
なんて、真っ先に聞かれるくらい。
雛が居るだけで、皆が笑顔になる。居ないと、みんなあからさまにがっかりして少し肌寒い秋到来。
そんな、光景が繰り広げられるようになっていた。
なーんて事を考えていたら、いつの間にか雛が戻ってくる。
「なっくん、なっくん!」
弾む声で俺の名を呼びながら、
たたたたた、、、
軽快な音を立てて、
ん?
視線で雛を見やれば、にこにこ満面の笑みで嬉しそうな顔。そして、
「んふふ、ほらぁ」
ずい!と、手に持つ雛は大きな何かを俺に差し出すように見せてきた。ほら、あれだ。猫とかが、飼い主に自分の宝物を戦利品みたいに自慢げに見せてくる光景。。。
「…雛、それ?」
「おさかなさんなの!」
くふふと、笑ってぎゅうっと、よくよく見たら自分の顔よりもでっかい魚のぬいぐるみを抱きしめる姿。
………可愛いすぎるだろ!
そのあまりの可愛いさに、一瞬眩暈がして悶えそうになった。
「どうした?それ。」
平静を取り戻した俺は一応雛に聴いてみる。どっからそんなもん?
「もらったの!」
そう言って、一つのテーブルを指さした。そちらを見たら、ランチではお馴染みな顔の常連さん。
そのテーブルのOLの3人と目が合ってしまって、軽く会釈する。
「あー…、すいません。いいんですか?」
そう言うと、
「もちろん!」
「雛ちゃん、可愛いんだもん!」
「そのぬいぐるみごと抱っこしたいです!」
なんて、キャッキャ言っている。
………、楽しそうですね。
「雛、ちゃんとお礼は言ったか?」
そう聞くと、
「あぃ」
そんな返事がすぐに返ってきた。
そうだな。雛は良い子だからちゃんとお礼は言ってるだろうな。
「んふふー、おさかな♪」
それにしても嬉しそうだ。すっかりお気に入りになったようで、ご満悦だ。
そういえば……、と思い出すのは、前に羽柴くんがでっかいマグロの抱きまくらをプレゼントした時の光景。あの時も、ものすごくはしゃいで喜んでいたっけ。
「雛は、本当に魚好きだな。」
そう言って、ふわふわの髪を撫でてやると、ふにゃんと笑って、
「すきぃ!」
にっこにっこな笑顔でそう言うと、そのまま魚を頬にぎゅうっとくっつけた。
「きゃあ!可愛いー!」
すぐさま店内から、悲鳴のような声が響きわたる。
* * * *
「うわっ!?雛くん、魚可愛いね!」
バイトの冬夜が、あれからずっと魚を放さない雛を見て言う。
「んふふ」
終始嬉しそうな雛。
「写メってもいい?」
そう言いながら、すでに携帯を取り出し、ぬいぐるみを抱きしめてる雛を撮りまくる。
「かぁわいいなー」
お魚大好きにゃんこは、今日も、お魚抱きしめて笑顔を振り撒いてます。
fin