◇1
「こーくん、こーくん!!」
――今日は、雛くんと一緒にデパートに来てます。
というのも。
先日のバレンタインの雛くんからのサプライズチョコ。
羽柴ちゃんの話だと、デパートの優しい店員さんに、ものすごくお世話になったみたいなんだよね。
だから、お礼!そこはちゃんとしないとね。うん、保護者としては当然だよね!
そう思いつつも、なんだかんだと日は過ぎてしまったけれど、ようやくデパートへと足を運んでる訳なんです。
羽柴ちゃんの話だと、その店員さんは、イケメンらしい…。っていうかさ、名前聞いとけよ!っていうね。イケメンだけじゃ分かんないって!
ま、羽柴ちゃんだもんなー。
仕方ないか…
とりあえず、雛くんの手をしっかり握りながら(迷子になったら大変だしね)、適当にフラフラあてもなく彷徨っていたりする現在。
「はぁぁ…」
どうやってその店員さん、見つけよう?
思わずため息をついてると、雛くんが心配そうに、
「こーくん?だいじょうぶ?」
と、困ったように眉を下げながら俺の顔を見上げながら言った。
そんな雛くんに、
「うん、大丈夫だよ。」
雛くんに心配させるなんて、ダメじゃないか!俺。ちょっと、気を引きしめた。
改めて大丈夫だよって気持ちを込めて雛くんと手をしっかり握り直して、
「雛くん、何か欲しい物ある?」
とりあえず、デパートを見て回ろう。だったらせっかくだしと、聞いてみる。
「んぅ?」
雛くんはくりくりの潤んだ瞳で、キョロキョロ周りに視線を向けていたと思ったら、俺の方をジッと見つめてきた。
うん。今日も可愛い!
いつも安定の可愛さだ、雛くん!
バカな事を考えて気が緩んでいた俺。
そんな一瞬の気の緩み。急に雛くんが繋いでた手をスルリと外し、走り出した。
「え?あっ!?雛くん!」
それに気づいた俺は、慌てて雛くんを追い掛けた。
「雛くん!待って!」
すると、少し行った場所に雛くんは居て。その雛くんの前には1人の店員さんの姿。
追いついた俺の耳に聞こえたのは、
「あれ?雛ちゃん?」
「おにいさん、こんにちは!」
雛くんの名前を呼ぶ店員さん(イケメン)と、その店員さんにふにゃんと可愛いらしい笑みを零し、ニコニコしながら「おにいさん」と挨拶をする雛くん。
あ、もしかして?とは思ったが、まずは、
「雛くん!急に手を離して走り出したらダメでしょ!」
とりあえず、まずは注意しておかないとね。
そんな俺の言葉に雛くんは一瞬少し不満そうに唇を尖らせたけど、
「ごめんなさぃ…」
俺の手を急に離してしまった事と、心配をかけたという事にすぐに気づいたのかシュンとしながら謝った。
雛くんがちゃんと分かってくれたなら、これ以上言う事はないと、改めて雛くんが挨拶していた店員さんに視線を向けた。
ふんわり…と笑みを漏らし優しい印象を与える人だった。
そしてかなりのイケメンさんだ。
ふと、胸の名札見れば[上条]と書かれていた。
なんとなく、先程の2人の雰囲気から思っていた事を聞いてみる。
「あの…もしかして、先日うちの雛くんがお世話になりませんでしたか?」
すると
「あぁ、バレンタインの事ですか?」
返ってきた言葉にやっぱり!と思う。
「その節はありがとうございました。おかげさまで助かりました。」
お礼を言うと、
「いえいえ、お客様を案内するのは当然ですよ。」
さらりと言ってのける。
柔らかい笑顔で少し訛りのある標準語。おっとりした印象の彼は、とても好感がもて、話やすかった。
そのせいか、初対面にもかかわらずすっかり話込んでしまっていた俺は、今日2度目の失敗をしてしまっていた。
「本当に、ありがとうございました。じゃ、行こうか雛くん」
最後にもう一度お礼を言い、隣に居るハズの雛くんに目をやる。
その視線の先に雛くんが居ない事にこの時俺は気がついた。
「っ!!ひ、雛くん!」
慌てて周りを見渡すが、雛くんは見当たらなかった。
上条さんも、目を見開き周りを確認している。
そしてお互い目当ての人を見つけられずに、蒼白になりながら顔を見合わせた。
「あっ、インフォメーションで、迷子案内してきます!!」
そう言うと、上条さんは走り去って行った、
俺も、付近の店を一店一店覗き込みながら雛くんの姿を探す。
焦りながら、泣いてないかとか、変な奴に掠われたりしたらどうしよう…とか。
嫌な考えがドンドン膨らみ、雛くんをほっておいて話し込んでしまった自分を悔やんだ。
雛くん…
息を切らせながら周りを見ると、ある華やかな特設会場の前に来ていた。
今の時期になるとよく流れる音楽が静かに繰り返し流れている場所。
そこに、ようやく見慣れた姿を見つける事ができた。
「雛くん!!」
そう叫んで雛くんの側に俺は駆け寄った。