◇3
「探したよ、千早!!」
さっきまでの俺みたいに、心配しました!と言わんばかりにほんの少しの怒りと盛大な安心を混ぜたような表情で千早くんの側にやってきた彼は、千早くんが見知らぬ男の子(雛くんだけど)と泣いているのを見て、一瞬ギョッとしたような顔をしたが、すぐに俺、そして上条さんを見ると、なんとなく自分なりに状況を察したのか、
「あっ!ご迷惑をおかけしたようで、すいません!」
これまた今時の若者には珍しく、礼儀正しく俺達に確認するように頭を下げた。
「あっ!違うんですよ…」
別に迷惑をかけられた訳ではないしと、今までの出来事を説明した。
一通り話終えた後、お互いに何事もなかった事に安堵しながら、
「僕、烏丸大地(からすま だいち)といいます。千早の従兄弟なんです。」
「榮倉 洸です。雛くんの保護者です。」
お互いに自己紹介しあった。
「千早は最近引越してきたんです。俺は、大学がこっちで上京してたんで、今日は、千早の両親に頼まれてお守りがてらデパートに連れてきたんですけどね…。ちょっと目をを離した隙に居なくなってしまって」
焦ったんてすよ〜と、さっきまでの丁寧だった口調を少し砕けさせて、困ったように笑った。
「でも、いつの間にかこんな可愛いお友達ができてよかったね。千早。」
と、千早くんに笑いかけると、
「はい!」
元気よく千早くんは返事をして、雛くんを熱い視線で(洸にはそう見えた)見つめていた。
だから…雛くんはあげないからね!
ほんと、この千早くん。雛くんを見る目がヤバい。
どれくらいヤバいかっていうと、初めて雛くんと会った時の成くらいヤバい!
(これは洸にとってはトラウマになるくらい相当のレベル)
そんな俺の心中に気づく事なく、
「雛ちゃん、ありがとうね。これからも、千早と仲良くしてね。」
大地くんは、嬉しそうに雛くんに言って、雛くんもそれに嬉しそうにこくこくと頷く。
雛くんに同じくらいの歳の友達が出来たと保護者としては喜ぶべきだろうが…どこかスッキリせず、嫌な胸騒ぎがするんですが…
と複雑な気持ちになっていたら、
「よかったらアドレス交換してもらえませんか?千早もまた雛ちゃんと遊びたいと思うので!」
と、大地くんがアドレス交換を申し込んできた。
あ、うん。
そうだね、雛くんの為…為…か?
「あの?ダメですか?」
すぐに返事を返さない俺に、気まづそうな声を出す大地くん。
そんな彼の様子に俺もハッとなり、
「あ、もちろん大丈夫だよ。ごめんごめん!じゃあ、これ!」
慌てて携帯を取り出し、無事にアドレスを交換した。
そんな俺たちを、微笑ましそうに上条さんが見ていたらしい。
アドレスも交換し、ちょっとしたハプニングはあったが、俺は俺で当初の目的である上条さんにもバレンタインでのお礼もできたし、大地くんもこの後用事があるらしい事もあり、当の2人は、名残惜しそうにしていたけど、この場は別れる事になった。
「ほら、行くよ、千早。また、雛ちゃんとは会えるからね。」
そう言って、千早くんの手を引いてその場を離れようとした。
「雛ちゃん、君に出会えてうれしいです!今日は残念ですが、これで帰りますけど、また会ってくださいね。さようなら!」
しっかり、子供らしからぬアピールをしながら手を振り、
(うん。敬語に自分の考えはハッキリ伝えるところ、本当に成みたいだな…)
「うん…ばいばい、ちはやくん!」
雛くんはウルウルした瞳で手を振っている。
そこで思い当たる、雛くんは一度も学校に行った事がない。
周りは俺たちも含め大人ばかりで、当然、同年齢な友達は居ないどころか、こんな風に話したりする機会すらなかったんじゃないだろうか。
千早くは、同じくらいの子供にしては、どこか達観した所があって、ちょっと雛くんに対して執着を感じ、保護者としてはなんだか色々と考えるモノがあるけれど、雛くんにとっての初めてだろう友達の存在はやはり有難い事だろうと思う。なんか、一気に神経が磨り減ったような気もするが。
そういえば、気になっていた事がある。
「雛くん、なんでここに来たの?」
そう、忘れてるかもしれないけで、ここは雛祭り会場。
男の子には不似合いな場所だよね?と思ったから。
「ちはやくんが、つれてきてくれたんだよ。ね、おまつりするの?」
千早くんが?そういえば、千早くんも大地くんの目を盗んで来ていたらしいし…?それで、ここ?
ん、お祭り?
「急に、どうしたの?」
「ちはやくんが、おひなまつりやるなら、よんでくださいって。」
……、はっ!
ま、まさか千早くん!
雛くんを女の子と間違えたとか!?
そりゃ雛くんは可愛いよ!目も大っきいし、まつげばっさばさだし、ほんわかしていて癒しの塊、まじ天使。女の子に間違える。それは分から事ではないけども…。
そういえば、雛くんの事は雛ちゃんって呼んでた。あれ?そういえば、大地くんも雛ちゃん呼びだよな?
ぐるぐる、俺が考え込んでると、
「無事に見つかって良かったですね。素敵なお友達も出来たようですし。」
と、上条さんに声をかけられた。
「あっ!す、すいません。上条さんにも心配かけてしまったのに!」
「ふふ、じゃ僕も仕事に戻ります。雛ちゃん、こういう場所では、榮倉さんの側を勝手に離れたらあかんよ。」
それまでの標準語から、最後はあきらかな関西訛りで、少しキツめに、でも優しさのある言葉を雛くんの目線になって言うと、最後にふわりと笑って雛くんの頭を優しく撫でた。
そして、雛くんに手を振りながら、
「またね、雛ちゃん。榮倉さんも、ごゆっくり」
そう言って上条さんは、優しく笑って、仕事に戻って行った。
そして俺はそんな上条さんを見送りながら、また、迷惑かけてしまったな〜、なんて、申し訳なく思ってしまった。
帰りの車の中、
「お友達、出来て良かったね。」
礼儀正しく、良い意味で?子供らしくなくちょっとアレな千早くんだけど、雛くんは千早くんと一緒で、嬉しそうだった。
「あぃ!」
案の定、雛くんは嬉しそうに笑って返事をした。
それにしても、ひな祭りか。男の子な雛くんには関係ないけど、きっとひな祭りも雛くんは知らない。
そうだな。新しい雛くんのお友達記念。千早くんを誘う口実に、ひとつ計画しましょうかね?
何気無くそんな事を考えていたのだか、その数日後、何を思ったのか、遠い地アメリカからそれは見事な雛人形を送り付ける、叔父バカがいらっしゃいました。
いや、だから雛くんさ男の子でしょ!
そんな事も思ったけれど、周りはみな過保護な雛バカ揃いな大人たち。雛人形を見て、あの日にデパートで見た、たくさんの人形たちだ!と瞳をキラキラさせて期待いっぱいの雛くんを見たらもう最後。
あれよあれよと雛人形を飾り、雛くんを喜ばせるひな祭りを盛大におこなった事は、いつものメンバーにとっては最早、必然事項である事は言うまでもない。
そんなひな祭りには、また新たなる雛バカも増え、さらに意外な繋がりがある事に気づく事になった話は、また今度詳しくお話しします。
fin