◇2
「雛くん!」俺が雛くんの名前を叫ぶ前に、クルリと雛くんが振り向き、俺の姿を見て、
「こーくん!」
嬉しそうに、ふにゃっと笑った。
そんな雛くんに、何もなくて良かったという安心で一気に張り詰めていた力が抜けそうになるがそこでふと、気付いてしまった。
それは雛くんの右手の先、俺の目が一点に集中する。さっきまで、俺と繋がれ、俺の不注意から離れてしまったそこには、別の手が…
雛くんとしっかり繋がれた手。雛くんくらいの男の子…?
え?
誰なの!?
え?っていうか、あれ?男の子だよね…?
うーん、そうだとは思うんだけどね、ハッキリ男の子!とは、言い切れないような子。髪はサラサラで長めに切り揃えられた黒髪で、日本人形のような可愛いらしい顔(雛くんの方が可愛いけど!)服装は…なんか、着物が似合いそうだな?なんて思う。
ここは雛祭り会場。そんな場所がしっくりとくる雰囲気な子だ。だからこそ、男の子か女の子かは微妙なんだけど…
まずは、なんで雛くんとお手手繋いでる訳?
お母さんが、その辺に居て、俺みたいに世間話に華でも咲かせてしまってるんだろうか?
わからん。
考えてみても仕方ないので、もう聞いちゃおう。
「えっと、雛くん?こちらはその…どなた?」
そしたら雛くんは、それは嬉しそうに、
「こーくん!ちはやくんだよ!」
と、紹介しながらニコニコ。
うん、ちはやくんね。くんって事は男の子だな!
そんな事を暢気に考えていたら、
「秋篠千早(あきしの ちはや)と申します」
それはそれは、丁寧な言葉遣いで千早くんに挨拶された。
「あ、えっと、これはご丁寧に…俺は…」
「雛ちゃんのお父様ですよね!」
しどろもどろになりながら挨拶しようとしていた俺を遮り、
「お義父さま、よろしくお願いいたします!」
何か、おかしな単語が耳に飛び込んできた!
いやいやいや!
「雛くんは、誰にもやらん!」
大声で、そんな事を叫んだ俺は。うん、悪くない。俺は一気に目の前の彼に警戒心を強めた。
ていうか、ほんと誰なんだよ!一体、どこでこんな虫がついたんだ?
そんか俺のモヤモヤした疑問を感じとったのか、
「ちはやくんとは、さっきあったんだよ!ねー」
って、千早くんを見て、
「はい!」
って千早くんも雛くんを見て力強く返す!
2人で、見つめ合って笑う姿は可愛い…
可愛いいんだけど、
「
これは運命です!」
ボソッと呟いた千早くんの声。
おい、聞こえたぞこら!
危険だ!この子は、危険だ!
「雛くん、すっごく心配したよ!俺と離れちゃダメだよ!」
はい、そして離れて、離れて!
千早くんとしっかり繋がれた手を解き、自分の手に取り戻す事に成功。
大人気ない?知りません!
それに、本当に心配したんだ。雛くんが居なくなった時。あちこち探し周りながら、何かあったらどうしようって。
そんな俺の思いが伝わり、
「ごめんなさぃ」
雛くんはまた、シュンとして俯いてしまった。
「ひなちゃんを、おこらないでください、お義父さま!ぼくが…ぼくがひなちゃんを誘ったんです!」
と、千早くんが雛くんを庇うように説明した。
って、またお義父さまって言いやがったな!だから、雛くんはやらん!
また、アホな思考になりかけた俺。
「ちはやくん、わるくないの。ぼくがこーくんのてをはなしたか、ら。…ごめ…な、さぃ…っふ、っぇ」
「ちがいます!ぼく…ぼくが…ごめんなさい…、おと、さま、ぇえ…っン」
そう言って、2人が庇いあいながら泣き出す。
「ごめんなさい…〜ぅわぁぁん」
そう言って本格的に泣き出してしまった。
えっ!!
突っ込みたいとこは多いよ!どさくさに紛れて、お義父さま連発する彼には。
だけど、目の前には小さな子供が2人。その2人に泣き出されて、俺はどうしたらいいんだ、とオロオロ。
次第に刺さる、周りからの視線。
なんか、「警備員を…」なんて不穏な声まで聞こえてきた。
ヤバくない?
自分の現状の立場に焦りを感じるが、どう言い訳すればいいのか咄嗟に思い浮かばない。
そこへ救世主が颯爽と登場。
騒ぎを聞き付けて、上条さんが駆け寄ってきてくれた。
あっという間に、周りの騒ぎを鎮めた彼の手腕は素晴らしい。
俺も、いつの間か怒りは鎮まり、もう怒ってないよ。今度からは気をつけてね。
そう言って、雛くん(ついでに千早くんにも…)宥めすかして2人を泣き止ませるのになんとか成功する。
でも、千早くん。
君とは一度しっかり話をしなければいけないと、心に宣言しておこう!
「千早!」
ようやく落ち着いた頃、また別の声が聞こえてきた。
千早くんの名を呼び近付いてきたのは、スラッとした大学生くらいの青年だった。