◇10
『あ〜、ところでさ…』
ひとしきり笑った後、柳瀬さんが思い立ったように、
『こいつ、名前なんだっけ?』
雛くんを指して俺に聞いてきた。え?雛くんの事?
『小鳥遊 雛ですけど…』
どうしたんだろ?急にって思っていたら、
『おい、ヤナ!』
慌てたように暁良さんが咎めようとしたみたいだけど、
『どこで?』
構わず、柳瀬さんは言葉を続けた。どこで?拾ったかって…ことかな?
『あの…、なんで?』
そんな事を聞くんだろう?と、思わず口に出してしまった。
『………○○の辺りじゃねえ?』
!?ビックリだ。確かに、雛くんを拾った場所はあの辺りだろう。だって、あの界隈で飲んでいたんだから。
『多分、そうです…。』
そう答えると、やっぱり。そういう顔をした柳瀬さん。そして、そんな俺と柳瀬さんのやり取りをどこか辛そうな感じで見てる暁良さん。なんだ?ひどく胸騒ぎがした。聞きたい事はたくさんあるのに、おそらくこれ以上は教えてくれない。そんな気がした。
『雛は、元に戻るんですか?』
なんともいえないそんな空気を変えるかのように成が横から話し掛ける。
『あ、あぁ…大丈夫だよ。高熱から一時的に変化が現れただけだから、熱が下がれば元に戻ると思う。戻らなかったらまたいつでも連絡して。』
それに暁良さんがどこかホッとしたように答えてくれた。
『一応、遺伝子統計も取ったし。どっちみち元に戻ったらもっかい来いよ』
柳瀬さんもそう言って、もうこの話は終わりみたいな感じ。
『今日はもう帰っていいよ。』
『水とかいっぱい飲ませて、汗をかけば早く良くなると思う。』
そう締めくくる2人に見送られ、なんだかモヤモヤしたままに、
『ありがとうございました。』
『暁良さん、ありがとうございます。』
成と2人お礼を言って部屋を後にした。
* * * *
『間違い、ないよな…。』
『連絡…するの?』
『………』
『だって!あいつらあんなに!』
『でも、一応は話しとかないと。あいつだって…、』
『そう、だよね。辛いけど…仕方ないのかな』
『…………』
俺達が帰った後に2人がそんな風に話していた事は、この時の俺は知らなかった。ただなんともいえない不安はあった。そう、この出来事が俺と雛くんにとって一つの転機になってしまうなんて…。