短編 | ナノ
◇5※光生視点 [ 11/15 ]
潤夜…
お前は、ズルイよ。

俺に、ずっと自分の体調をひた隠して。なんでもない風を装って。俺は、見事にそんなお前に騙されてしまったよ。
 
そうして、アッサリ潔く、お前は俺を置いて逝ってしまった。

なぁ…苦しくはなかったのか?身体も、そして心も。この世の中から、並木潤夜の存在がなくなってしまう事に、お前はなんの戸惑いもなかったのか?最期まで俺の隣で笑っていたお前。きっと、そうとう身体は辛かったはずだ。死ぬ事が怖くなかったなんて、そんなハズがない。それに、少しは後に残る俺の事を考えてくれてたりしたのか?

いや、そんな事よりも、潤夜。お前の人生は幸せだったんだろうか…。

あまりにも突然の事だった。突然逝ってしまった、最愛の恋人。体調が悪そうだったのは知っていた。大丈夫だから、と。笑って言うお前。金メダルを取りたいのだと。普段は、なるようにしかならないと、飄々としていたお前が珍しく勝ちに執着していた。今思えば、お前は必死だったんだよな。

滑りきったリンクでの、お前の満足した笑顔。確かに、お前の滑りは凄かったよ。俺の手なんか必要がないくらい、舞うようなスケーティング。羽根が生えたようなジャンプ。あの瞬間、審査員も観客も…あの場に居た全ての人間を魅了した。俺は、あの時、天使が舞い降りたのかと錯覚したよ。きっと、それはお前の命の最期の煌めきだったんだろうな。あのお前の演技は審査員全員が賞賛し、満点を取り、そして金メダルが決まった瞬間、お前はその場に崩れ落ちて、そのまま帰らぬ人となった。

あれからどれ位経った?まだ昨日の事のように鮮明に思い出され、俺は未だにお前が居なくなった事実を受け止められないでいるよ。

全然、立ち直れない。立ち直れないんだ、潤夜。

お前の死は衝撃的すぎた。これからだって時の訃報。世間が悲しみに包まれた。お前は、お前が思っていた以上に皆から愛されていたんだよ。

俺は、どうすればいい?お前を失って、もうスケートはおろか、何もする気になれないんだ。

皆が泣いて、悲しんで…だけど、俺はあの日から、抜け殻のようになりながら、それでも俺は一滴の涙も出ないんだ。お前が側に居ない現実を受け入れられず、心は、お前に捕らわれたまま。あの日のままに、時が止まってしまっているんだよ。

周りの皆が、俺の今後を心配して色々言ってくるけど、俺にはもうそんな事…どうでもいい。だってお前が居ないのに、スケートなんてできない。お前…並木潤夜と一緒にあの日、岩谷光生も死んだんだ。


* * * *

そうして、何もせずただボーッとする日々。お前と過ごした部屋の中でひっそりと過ごしていた俺はふと、窓辺にある鉢植えに目をやった。

「突然、お前が買ってきたんだっけな。Xmasだからって。白は珍しいだろ?って。花言葉を気に言ったんだって、そう言っていたっけ。」

ふと呼ばれたような気がしたんだ。水をやらなきゃって思った。
 
そうして、潤夜がいなくなって初めて潤夜の買ってきた、少し季節外れになったあの花に水をあげたあの日。




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