◇12
俺の大好きな夕姫。
振られても諦めきれなかった彼が今、俺の名を呼びながら走ってきた。少し、怒ったように傘を差し出してくれる。
『何やってんだよ!?』
風邪ひくだろ!そう言って怒るのは、普段は温厚な彼。まだ、こうやって声をあらげるくらいには俺の事を心配してくれるんだな。そう思うと少し嬉しくなった。
『すいません』
俺は素直に謝って、あれ以来初めてなのかもしれない、そんな彼の目を真っ直ぐに見つめた。そこには相変わらず、潤んだ目に、下がりきった眉。唇はちょっと怒って拗ねてるのか尖んがっている。
あぁ、彼だ。やっぱり、俺は彼が好きだ。俺が愛した彼が今ここにいるんだ。一瞬、抱きしめそうになって、その気持ちを慌てて押さえ込んだ。
『急に呼び出してすいません。』
もう一度、謝る俺に
『ナナは…謝ってばかりだな』
久しぶりなのに。そう言って、淋しそうに笑う夕姫。
『………』
すいません。また言いそうになって、その言葉を俺は飲み込んだ。浮かぶのは苦笑い。何も言う言葉がすぐには見つからなくて、しばらく沈黙が続いていた。昔は、夕姫との沈黙は全然苦じゃなくて、むしろ心地よい時間だったのに、今のこの沈黙はどこか少し息苦しいものだった。
俺はそれを断ち切るように、
『夕姫。また、謝ってばかりだと思われるかもしれませんけど…もう一度だけ。すいません』
やっぱりまずはこれなんだ。どうしても謝りたかったから。これを言わないと、俺は前には進めない。
『俺、いつまでもあなたを諦められなくて…。ずっとあなたを避けて、あなたにもメンバーの皆にも、ずっと申し訳なかったと。ずっとあなたを忘れようって…でも出来なくて。そうして、皆に気を遣わせ続けてきましたけど。もう…ホントに終わりにします。俺…weaZerを辞めます』
その言葉をようやく夕姫に伝える事ができた。