◇14
仕事が終わって、俺の車の助手席に彼を乗せた。これから、彼が何を言おうとしているのか薄々分かっていながら土壇場になって諦めの悪い俺は、
『夕姫…俺…やっぱりあなたがいないとダメみたいなんです。俺から言ったのに、いまさらですけどやり直したい』
そう一気に伝えた。俺は卑怯だ。こう言ってしまえば夕姫は俺を拒めないんじゃないか。もしかしたら…まだ間に合うかもしれないと考えている。優しい彼は、俺の事を許してくれるんじゃないかって。そう期待をこめて。
だけど、そう上手くはいきませんよね。そうなるには、お互い引き返せない所まできていたのかもしれない。お互いに相手より自分の事を優先させ過ぎてしまった。それは、今なら解る。
『ナナ…ごめん…。俺…マモくんと付き合う、から』
ゴメンね…ゴメンねと、そう泣きじゃくるあなた。俺が悪いのに、自分を責める優しいあなた。
妙に冷静になっていた俺は、優しい彼にこれ以上無理をさせたくなくて、
『そうですか。仕方ありませんね。幸せに…なって下さい。』
そう言ってあげる事しかできなかった。それが俺が最後に貴方にしてあげられる事。
『ナナぁ…ゴメ…っ』
『何、泣いてるんですか。俺が悪いんだから。いいんですよ。』
最後の強がりだったけど、彼を悪者にはしたくなかった。
でも、一つだけ確かめたい。
『あの日…護とは…ホントに何もなかったんですね…』
『うん…ないよ。マモくんは俺の側にずっと居てくれただけ。あの時は本当に何もなかった。』
その言葉を聞き、後悔が滲むけれど。俺がもっと夕姫を信じられていたら。それよりも、あの日貴方が不安定な時にもっと優しく出来ていれば…
もしとか、たらとかればとか…もう過ぎてしまった時は戻せないけれど、あの時の俺の行動が夕姫の為にできていたなら、君は、今でも俺の隣で笑っていてくれたのかな…。
語られる真実は、全部、俺が招いた事に思えて。
そして気づく。夕姫…。俺はもう、君のしゅうじゃないんですね。
君は俺を名前では呼んでくれない。
"しゅう"
柔らかく嬉しそうに呼んでくれた貴方はもう居ない。