風袋学園は男子校だけど、閉鎖的な空間ではない。
 山奥に建設されたわけでも、孤島に建築されたわけでもない。至って普通の街中にあり、徒歩20分ほど離れた場所には女子高もある。
 男ばかりで虚しい空間。でも、外に出たらそれなりに出会いはあるわけで。

「あ、あの!」

 朝、坂上のいない隣。オレの隣には可愛い女の子がいた。
 坂上は寝坊で遅刻することが多く、一時間目に間に合わないことなんてざらだ。
 モーニングコールしてやろうか? と、下心半分、親切心半分で言えば、目覚まし時計10個でも起きないのに。と、言われた。
 まあ、そんなレベルになったらモーニングコールで起こすことなんてできないだろう。

 そういうわけで、オレの隣には坂上はいなくて、代わりに登校時間になるまでオレを待っていた健気で可愛い女の子がいた。
 自分で言いたくはないが、オレはなかなか美形だ。ギャグじゃなくて、真面目にね!
 髪だってさらってしてるし、目だってきりってしてるし、性格だってそれなりにいい。
 残念なのは、坂上を本気で好きってことだけだろう。

「あ、あの。私……」
「ごめんね。オレ好きな子いるから」

 可愛い子だと思う。少しだけ染めている髪の毛、潤んだ瞳、薄い化粧は年相応。
 オレが遊び人だったら、正直手を伸ばしたいと思える子だ。
 胸だってそれなりだし、足もすらっとして綺麗。可愛いな、そう思う。
 それだけしか、思わなかった。

 坂上はゲーマーで、青白い顔のことが多い。寝坊したり、遅刻したり、約束を破ったり。平気でする。
 すごくすまなそうに謝るのに、次の日にはケロリとしてる。
 可愛いと思う。でもこの子より見た目は可愛くない。その辺にいる普通の高校生だ。
 はっきりと告げたオレの言葉に、女の子は涙を浮かべる。白い肌に透明な液体が流れた。

「ごめんね」

 泣き顔、可愛いよ。でも、心は惹かれない。
 オレが欲しいのは坂上だけで、坂上だけしか必要ない。たとえ、目の前の女の子が泣いても、縋っても、オレは坂上だけしか見ることができない。
 じっと上目で見つめてくる彼女は、自分の魅力を知っている。でも、それが?
 坂上じゃないと、坂上がいい。どうでもいい女の子にそんなことされても、邪魔なだけなんだから。

 彼女が踵を返し、去って行く背を見てふっと息が漏れた。
 オレ、女の子好きだったんだけどなぁ。いやいや、今でも好きだけど。それ以上に好きな存在できただけで。

「神原の好きな子って誰?」
「そりゃあもちろ……坂上ィ!?」
「はよー。ギリギリ間に合ったぜ!」

 まぶしい笑みを浮かべている彼は、朝からクラリとする。
 何これ可愛い可愛い本当可愛い。オレの頭はさっきの女の子の顔なんか一瞬にして忘却の彼方だ。

「今の子、可愛かったな」
「あ、え、そう?」
「可愛かったって。え、なに? 神原レベルだともっと上の子狙うの?」
「は?」
「え?」
「……」
「……起きてるのか、神原」

 呆れた顔の坂上を見て、へらっと顔が崩れるのが自分でも判った。

「オレ、坂上の方が可愛いと思う!」
「おまえ、頭だけじゃなく目も残念なんだな」
「ちっげぇって!」
「へいへい。早く教室行こうぜ、朝から女の子振った神原さん」
「いや! だってさ! 仕方ねぇじゃん!」

 だって、オレは坂上のことしか見えてないんだからさ。
 そう言おうとしたら、先に進んでいた坂上がくるっと振り返ってにししと笑みを浮かべていた。

「ま、神原に彼女出来たら俺もつまんねぇしな」
「……」
「ほら、行くぞー」

 ああもう、なに、何考えてるんだ坂上。
 抱きしめて、しまいそうになった。笑って、そんな無邪気に、可愛い顔で。
 先に進む背中を視界に入れ、ぐっと拳を握りしめた。



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