寒いなぁ。そんなことを考えながら身を縮める。
 電車で通うオレの通学時間はなかなかに長い。マフラーや手袋をするにはいささか早い10月、ブレザーだけが唯一の防寒対策だ。
 朝の空気に欠伸がしたかったけど、息を吸い込めば体が反応したのは寒さで、その感覚に自然と震えた。
 こんな日には、早く坂上に会いたくなる。にやにやする顔を覆えず、通行人に変な目で見られたけどまあ、気にしなくていいだろう。
 坂上は、何度オレが好きだって言っても、大好きだって言っても笑って流す。
 男同士だし、坂上もオレも基本的に女の子好きだから仕方ないだろう。
 始めて坂上に好きだと、緊張しながら言った時も「罰ゲーム?」と、返されたほどだ。

 その時の、きょとんとした坂上の顔も可愛かったなぁ…。

 オレは女の子が好きだ。
 大きなおっぱいも、きゅっとしたくびれも、やわらかいおしりも、みんな好き。
 可愛くなるための努力は可愛いし、媚を売る姿勢だって嫌いじゃない。全部がオレのためだって思ったら嬉しい。

 けど、今は。
 坂上が笑う方が可愛くて、嬉しくなるんだ。

「あ、神原。おはよー」
「坂上、はよ! 今日も可愛いな」
「だーかーら…男に可愛いはねぇよ」
「坂上だから許されるんだって! 尻撫でたい」
「死ね」
「死ぬ前に尻撫でたいなー」
「あほか。俺なら死ぬ前に手に入れてないゲームしたいなぁ」

 神原の家にあったやつ! そう言いながら近づいてくる坂上に体が固まる。
 可愛い可愛い、好き、本当好き、可愛い。理由が分からないけど、とにかくそう思う。
 好きだって言うのも、大好きって言うのも、割と平気だ。今まで女の子相手に平気でそういう事を言ってきたせいかもしれない。
 でも、本気で好きになったのは坂上が初めてで、傍にこうしているだけで心臓が痛くなる。
 好きだって言葉は簡単なのに、どきどき喧しいこの心臓の音は聞かれたくない。

 オレより小さい坂上は、首を反らしてこっちを見上げる。う、ぁっあ。
 ゲームの話を嬉々としてしている坂上は無邪気なのに、オレから見れば邪気たっぷりだ。
 ネットゲームの話はディープすぎて普通の人間にはわからないもので、聞いてるオレもわからないし、今坂上の話を真直ぐ受け止められていない自信がある。

 可愛い。
 理由なんてない。
 ただ、好きなんだ。
 一目惚れ。直向なその目が、好きだ。
 一直線にオレに延びているときに、抱きしめたくなる。

「神原?」
「うっ、ぁ、うん! 聞いてるよ坂上! オレは坂上が好き」
「……聞いてねぇだろ」
「……ごめんなさい」
「おっまえなぁ…。まあいいけどさ。今度はちゃんと俺の話聞けよー」

 そう言いながら「な?」と、見上げてくるのは、本当に勘弁して欲しい。
 寒い寒いと思っていたのに、いつの間にか体は熱くなってるし、頬も熱くなってしまった。

 坂上は見た目に気を使うタイプじゃないし、話す内容はマニアックだ。
 性格だって悪い部分もあって、いい部分もある。一目惚れだって、思った。だから、最初は坂上に似ている女の子を必死で探した。
 こういう女の子が好きで、たまたま、それが坂上っていう男に当てはまってしまったんだと。
 でも、違うんだ。
 似た女の子を見つけても、違う。何人も探したけど、違った。
 坂上と話せば話すほど好きになる、知れば知るほど欲しくなる。
 笑う声、話す内容、坂上を表す全部が、オレのものになればいいのに。

「坂上」
「ん?」
「ぎゅーって、したいなー」
「へいへい。でさ、今度発売するゲームがさ!」

 手を伸ばして触れられる。坂上から触れてくる。
 言葉にするのはこんなに簡単なのに、臆病なオレは坂上に触れることも出来ない。
 こういう部分がきっと、何度も好きだって言っているのに冗談に見えてしまうんだろう。



back : top : next